2026年1月25日(日)、大阪城を臨むKKRホテル大阪内の会場に、STELLAR SCIENCE FOUNDATION(SS-F)のコミュニティメンバーである約30名のグローバルな研究者が集いました。

SS-Fが主催するセミナーシリーズ「Pioneers Host Pioneers」(のちに名称を変更し「SS-F Pioneers Series」)は、世界的に著名な研究者をゲストに迎え、サイエンスやキャリアについての知見を共有いただくとともに、次世代を担う研究者同士の交流を促進することを目的として、2024年8月にスタートしました(これまでの開催報告:「Pioneers Host Pioneers」第1回・第2回、「SS-F Pioneers Series」第1回)。
今回は、特別企画「Pioneers Series Special: The Science of the future」と題し、再生医療、発生生物学、人類進化の分野における世界的フロントランナーである6名の研究者を登壇者に迎え、2部構成のトークセッションと日本文化体験セッションを実施しました。
専門知を結集し、幹細胞技術の実用化へ
アイスブレイクとして参加者それぞれの自己紹介を行った後、第1部のトークセッションへと移りました。本セッションでは、「未来のヒト生物学:疾患モデルと再生医療における次なるフロンティア」をテーマに、慶應義塾大学教授の岡野栄之先生、ワイル・コーネル医科大学教授のShuibing Chen(シュイビン・チェン)先生、カリフォルニア大学ロザンゼルス校(UCLA)准教授のMingxia Gu(ミンシア・グー)先生の3名が登壇し、
モデレーターはSS-Fコミュニティ・アドバイザーのKelvin Hui(ケルビン・フイ)が務めました。

今年は、京都大学教授の山中伸弥先生が人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発を世界で初めて報告してから20年の節目にあたる年です。iPS細胞は、私たちの血液や皮ふなどの細胞から作製でき、さらに体のあらゆる細胞へと変化(分化)できる性質を持ちます。その特徴を生かし、患者さん由来のiPS細胞から病気のモデル(疾患モデル)を構築して疾患のメカニズムを解明したり、治療薬候補を探索したりする研究が進められています。また、患者さんの体内でうまく働かない、あるいは失われた細胞・組織をiPS細胞から新たに作製し移植する再生医療の実用化を目指した研究も、世界中で行われています。
岡野先生は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さん由来のiPS細胞から作製した病態神経モデルを活用することでALSの治療薬候補を見いだし、現在、治験を進めています。自身の研究チームの経験を踏まえ、動物実験を減らすことに貢献し得るiPS細胞由来の疾患モデルに関心が高まってきていると述べました。
「再生医療あるいは疾患モデルにおいて、まだ研究が進んでいない領域は?」という問いに対し、Chen先生は、オルガノイド*への関心が高まっているとしつつも、複数の臓器をどのように統合して一つの疾患モデルを構築するかが課題であると指摘しました。また、疾患によっては病気の状態と健常な状態を区別すること自体が難しいという意見もありました。細胞形態やミトコンドリアに着目する研究、タンパク質レベルでの解析、さらには進化の過程で私たちをヒトたらしめている要素を探る研究の重要性についても、フロアから意見が寄せられました。
iPS細胞技術の実用化によって期待されているものの一つが、プレシジョン・メディシン(精密医療)です。従来のように、ある病気の患者さんに画一的な治療を行うのではなく、個々の患者さんの体質や疾患特性に基づき、最適な診断・治療等を提供するという考え方です。プレシジョン・メディシンを推進するための重要な要素として議論されたのが、データの共有でした。iPS細胞の作製においても、由来となる細胞種や作製方法はさまざまであり、さらに塩基配列データなどにも研究者が広くアクセスできれば、組織間あるいは国家間での比較を通じて新たな知見が得られたり、一定の標準化が進んだりする可能性があります。一方で、外部からのデータアクセスは往々にして難しいのが現状です。そのため、国際幹細胞学会がリーダーシップを取り、議論や教育、さらにはデータアクセスのための認定制度の整備を進めていくことを期待する声が、登壇者およびフロアから上がりました。

さらにGu先生は、プレシジョン・メディシン実現に向けた現実的なハードルとしてコストの高さを指摘。iPS細胞や分化細胞の作製等には依然として高い費用がかり、現時点では実現しても患者さんにとっては手が届きにくい状況にあります。そこでGu先生は、人工知能(AI)やロボティクスを活用することで、工程の標準化などを通じてコストを削減できる可能性があると続けました。
工程の標準化や、それによって可能となる大量製造に加え、技術の進展により、幹細胞研究に取り入れられる手法や技術は増えています。それらを支える数学・物理学・生化学などの幅広い専門知を、分野横断的なコラボレーションによって結集させることが、これらの課題を乗り越える突破口となるでしょう。これまでの新技術の実用化成功例など、
歴史から学ぶべきことも多いのかもしれません。
* オルガノイド: iPS細胞など幹細胞から試験管内で作るミニ臓器
想いを筆に乗せて
研究は、先人たちが積み重ねてきた知に新たな知を紡いでいく、創造的な営みです。日常とはひと味違うクリエイティビティを体験してもらうとともに、日本文化に触れながら参加者同士の親睦を深めてほしい――そんな思いから、第1部のセッションに続き、書道に挑戦する文化体験企画が行われました。
研究者たちの師となったのは、日本を代表する書家・村上吟松先生。1983年に内閣総理大臣賞を受賞された大家であると同時に、長年にわたり書道教育にも情熱を注いでこられました。外国の方々にも書道の楽しさを伝えたいとの思いから、現在も精力的に教育活動を続けていらっしゃいます。
今回、参加者が挑むのは「希」「夢」「智」の三文字の中から自身が選んだ一字を、色紙に書き、作品とするもの。はじめに村上先生が、それぞれの字の意味や書体の特徴を解説しながらお手本を披露されました。
時に力強く、時にしなやかに流れる圧巻の筆致に、参加者は息をのんで見入っていました。

続いて、いよいよ制作の時間へ。日本人研究者が折に触れてサポートをしながら、参加者一人ひとりが自らの想いを筆に乗せ、一画一画、丁寧に書き進めます。会場は静かな緊張感と高揚感が入り混じる、独特でありながら心地よい空気に包まれていました。

米国出身のある参加者は「智」を書くことに。「智(知識)」は自身のモットーである強さや勁さ、そしてアカデミアにおける挑戦に通じるものだと語ります。今回初めて毛筆を手にした彼は、「(東京で)書道教室を探して、新しい趣味にするかもしれない」と話すほど、心からこの体験を楽しんでいる様子でした。
最後は、完成した作品を手にし、記念撮影。参加者全員が満面の笑みを浮かべていました。外国人参加者にとっては初めての書道体験であり、日本人研究者にとっても小中学校での書き初め以来という方が多く、参加者それぞれにとって日本文化を(再)発見する機会となりました。

未来志向な研究エコシステムとは?
和やかな雰囲気のなか、続いて第2部のトークセッションへと移りました。SS-Fのサイエンス・アウトリーチ・アドバイザーであるRaeka Aiyar(レイカ・アイヤール)がモデレーターを務めた本セッションには、SS-F創設者で、東京科学大学、大阪大学教授の武部貴則先生、アレン細胞科学研究所のRuwanthi Gunawardane(ルワンティ・グナワルダネ) 博士、 バイオラミナ社のEvan Graham(エヴァン・グラハム)博士がパネリストとして登壇し、
「未来の研究パラダイム:オープンかつ分散型サイエンスに向けて」をテーマに、活発な議論が交わされました。

「オープンかつ分散型のサイエンス」は、武部先生が提唱する、日本における次世代のサイエンス・エコシステムの在り方です。米国と比べ、日本ではラボ立ち上げ時に得られる資金や、主任研究者を育成するための制度的支援が限られているのが現状です。こうした状況のなか、有能な若手研究者数名からなる小規模ラボが、大規模ラボや集約されたデータ・リソースとつながることで、より創造的で挑戦的な研究課題に取り組めると期待されています。
続いてGraham博士とGunawardane博士は、他組織とのコラボレーションの重要性を強調しました。バイオテク企業にとっては、画期的な治療法の実現を推進したり、次世代の革命的な治療につながるシーズを見いだしたりする機会となる一方、非営利研究機関にとっては、長期的かつ安定的な研究資金の確保につながるという側面もあります。
近年、サイエンスがますます高度化・複雑化するなか、分野横断型のチームサイエンスは、産学を問わず、研究を進めていく上で不可欠であるという点について、会場の認識は一致していました。
そこで議論は、チームサイエンスをどのように育み、創造性を高めていくかという点へと展開していきました。
一つの視点として挙げられたのは教育です。チームサイエンスにおいては、研究の初期段階から他者と協働し、対話しながら研究を進める意識を持つこと、そしてそのための実践的なスキルをキャリアの早い段階から身につけることが重要であるとの意見が上がりました。米国の大学での取り組みとして、1人の博士課程学生に異なる研究分野の2名のメンターを配置し、早期から異なる研究文化や領域に触れる機会を提供している事例も紹介されました。
一方で、研究者、とりわけ若手研究者の評価が、論文数や掲載誌のインパクトファクター**に大きく依存している現状が、チームサイエンス推進の障壁となっていることも指摘されました。武部先生は、「貢献を正しく認識する」という方針のもと、論文発表の際は成果に貢献した全員を著者として記載するため、多数の著者が名を連ねることが多く、出版社から好意的に受け止められない場合もあると述べました。
さらにGunawardane博士は、オープンサイエンスにおける成功の指標は、「コミュニティの他の研究者がどのようにそれを活用しているか」「その研究が分野をどれだけ前進させたか」にあると指摘しました。こうしたインパクトの測定は容易ではなく、評価に時間もかかりますが、チームサイエンスやオープンサイエンスを推進する今こそ、既存の評価システムを見直す必要があるとの問題提起がなされました。

加えて、研究者の創造性を育む場づくりも重要です。さまざまな分野の人々が集まりやすい空間を設け、交流やコラボレーションの機会を創出すること、そして研究者一人ひとりが尊重されていると感じられる文化を醸成することが、いずれも欠かせません。
Graham博士の「どんな環境に身を置いていたとしても、自分は安全で、意見を聞いてもらえていて、守られていると感じられることが大切だ。そうした環境にあってこそ、人はより成功し、創造的で、イノベーティブになれる」という言葉は、未来のサイエンスに求められる本質を端的に表しているようです。サイエンスは人が切り拓いていくもの。武部先生が述べたように、コラボレーションの成功には信頼関係の構築が不可欠です。研究者が安心して挑戦できる環境こそが、創造的なイノベーションを生み出す原動力となることを強く印象づけるセッションとなりました。
** インパクトファクター: 学術誌の影響度を評価する指標。掲載論文の引用件数をもとに算定される。
「つながる」をこれからも
熱気を帯びたディスカッションはその後も続き、ネットワーキングランチでは、研究内容や研究環境、将来のキャリアについてなど、さまざまな話題についてざっくばらんに交流が行われました。その盛り上がりは閉場間際まで衰えることなく、盛会のうちにイベントは終了しました。名残惜しそうに、そして再会を楽しみに、笑顔で会場を後にする参加者の姿が印象的でした。

参加者からは、「SS-Fのイベントだからこそ集まった多様な国・分野の研究者と交流し、日本文化に触れながらリラックスした環境で意見交換ができたことは、今後の国際共同研究につながる大変有意義な機会となりました」「iPS細胞などの幹細胞技術の医療応用に向けた課題について、広い視座からディスカッションが行われ、大変興味深かったです。さまざまな国籍かつ専門性を持つ人々がつながること、そしてその環境をつくることの大切さを改めて感じ、今後の研究やラボ運営に生かしたいと思います」などといった感想が寄せられ、実りの多いイベントとなりました。

本イベントは、SS-Fのビジョンである「People-Centric(人から生まれ、人とつながり、人で広がる)」を体現する場となり、コミュニティの今後のさらなる広がりが期待されます。次回の「Pioneers Series」開催にも、ぜひご注目ください。
【取材・文:中内 彩香】