Stellar Lab Radio 第5回 ゲスト:董冕雄さん、太田香さん
今回のStellar Lab Radioでは、災害時でもつながり続ける通信インフラの実現を目指し、「天地人」という独自のネットワーク思想のもと、情報通信・無線技術・医工連携を横断する研究に取り組む、室蘭工業大学の董冕雄さん、太田香さんをお迎えしました。
前編では、東日本大震災での原体験をきっかけに「人と人がつながること」の本質に向き合った研究の出発点から、ドローンや衛星を活用した災害時通信ネットワークの構想、さらには脳波(EEG)を用いたインターフェースや夢の再現といった最先端の研究まで、多岐にわたる取り組みを伺いました。
後編では、お二人がどのように研究者としての道を歩み、研究と家庭を両立しながら現在の研究スタイルを築いてきたのか、その背景に迫ります。
好奇心で新たな可能性を切り拓く董さんと、一つのテーマを粘り強く深め続ける太田さん。異なる強みを持つお二人は、研究だけでなく子育てや教育においても互いを補完し合いながら歩んできました。留学がつないだ出会いとキャリア、研究者夫婦ならではの子育ての工夫、そしてAI時代に求められる学びや人間の役割について語っていただきます。
研究も、教育も、家族も、一人ではなく「補完」によって進化する——。そんなお二人の価値観と未来への展望を、ぜひお楽しみください。
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好奇心で広げる董先生、地道に深める太田先生
北:今、ずっとそのグループで研究しているという話をしていらっしゃったと思っていて、一緒にやっているような研究もあれば、また別々の研究もある中で、、お二人ご夫婦でいらっしゃいますけど、それぞれのその研究のすごさというか、その視点のすごさでもいいですし、研究をするアプローチでもいいですし、どういったところが、Wow!なポイントで、本当に感銘を受けて刺激されるのかというのを少しお伺いしてもいいですか?
太田:そうですね(笑)
北:急に笑顔になって。
太田:急に笑顔になりましたね(笑)
董:ドキドキ。
北:ドキドキして。
董:何言われるかなと(笑)
太田:(董先生は、)すごく柔軟さがあるなっていうのは常に思っていて、柔軟さと、あとすごく勉強家なんですよね。常に何か新しいものがないかっていうのは自分で勉強してますし、あとは海外、国際会議とかに行ったときの情報を必ずシェアしてくれるんですよね。こういうKeynote(基調講演)があって、こういう面白い話があったとか、そういう情報をすぐ取り入れて、自分の研究に生かしていこうっていうのはすごいところだなと思っていて。
私はどちらかというと、現在の制限とかがあったときに、それを解決するための手法、何かないかなとか、そういうふうな考え方をしがちなんですけれども、董先生は割と新しいアイディアとか常にないかなっていうアンテナを張っていて、面白そうだなっていうことを研究に取り入れようとしているのが、彼のすごいいいところかなっていうふうに思っています。
北:聞いたことありました?(笑)今まで。
董:ないです(笑)
太田:なかなか褒めない。
董:数十年ぶりかもしれません。
北:自己評価はどうですか?今(太田さんが)おっしゃった(ことについて)。
董:そうですね。私、良い研究をするためにはすごく全面っていうか全部できなきゃいけないとは思っているんです。
董:一方ですね、人間って得意不得意って必ずあってですね、1人の人間が全部できるというのは恐らく少ないと思うんです。だからチームが必要だと思うんですけど。
その中で太田先生の研究所のスタイルというか、特徴はですね、やっぱり私がさっきいろんなところに好奇心があって、興味を持って、いろんなことに目を向けっていうのはいいところでもあるんですが、それだけじゃよくなくてですね、その部分を補完してくれるのが太田先生で、この1つのことに向かってずっとこう、クォーテーションマーク(※「いわゆる」「言葉を選ばずに言えば」というニュアンスのジェスチャー表現)で、”地味にやっていく”というのは、研究において絶対必要な部分なんですよ。それが、私が性格上向いていない部分であって、それを補完してくれるこの要素というのは、ものすごく大事だと思っていて、それが合わせて1本でいい研究が初めてできるんじゃないかなと私は思ってるんです。
北:なるほど。すてき!いいですね。
だからこそ一緒に研究してて、かつ、さらに一緒にご夫婦としても一緒にされているということで、うまくいってるのが分かりました、すごく。
董先生から見ると、その地道なところっていうのは具体的にどういうエピソードが(ありますか?)
董:そうですね、学部時代は研究室に配属されて、太田先生の場合、センサーをちょっとこうつないで研究をしていた。マスターの時、アメリカに留学されたじゃないですか。
北:うんうん。
董:留学していて、センサーネットワークのエナジーの研究をされてて、で、ドクターの時に、また会津大に戻ってそのネットワークの研究で、今メインの通信分野をやって、このある幅で見るとほとんど変わってない。20年くらい。で、それが何よりも1本化してきているという。
私もいろんなことをやって、災害やったりとか、医療をやったりとかっていう、アプリケーションレイヤーでいろいろ興味ベースでやってるから、それが太田先生と私の研究のスタイル上の違いかなと思っているわけですね。
北:でも、そのスタイルの違いがうまくこうフィットするというか、1つの研究プロジェクトをやるとき…
太田:よく私のことを真面目って言うんですけど、自分としてはそんなに真面目じゃないと思ってるんですけど。で、もちろん今説明したとおり、一貫してるって言ったんですけど、私の中ではちょっと違いがあったんですけど、董先生から見たら、あまり違いがなかったんだなと思って。それもたぶん、性格の違いからの視点の違いがあったのかなと思いました。
北:その振れ幅みたいな。
太田:そうですね。
北:董先生のほうが、ガコンガコンっていろんな方向に(関心が行くんですね)。
さっきも言ってたんですけど、結構性格というかアプローチも違って、突進型の方をストップするというか、そういうことをしながら、お互いがいい感じにディレクションしていきながら、ナビゲーションしながら、お二人の研究活動が進んでいるのかな、なんて思うんですけど。
そもそも小さい頃から、どういったお子さんで、どういったところから研究に興味を持って今に至るのかみたいなのを教えていただきたいんですけど。まず董先生は日本にいらっしゃったのが12歳ぐらいの頃っていうふうに伺っているんですが、そのときあるいはそれよりも前に研究というものに少し興味があったのか、何か強いきっかけっていうのがあったんですか?
留学がつないだ、研究・キャリア・人生
董:そうですね。私は家族の移住で日本に来たんですけど、今私は大学教員しているので、今の学生、特に学部生とかですね、に聞くと、例えば1年生くらいの学生にキャリアのことを聞くと、1年生の段階で、じゃあマスター行くとかドクター行くとか、教員になりたいとかっていうのは、あまりはっきりしている答えは返ってこないわけですね。でも私は、自分が大学1年生の時にすでに大学教員になろうというふうには結構思ってたんです。
北:へえ。そうなんですか!
董:決めてたんです、心の中で。
北:へえ。言わなかったけど。
董:そうです。
北:心の中で。
董:決めてて、自ずと大学学部入ってですね、で、ドクターまで行くっていうのは決めてたわけです。で、ドクターを取って、大学教員になるというのは決めていて。それは何でかって言われると、別にこれだからというのはあまりなくて、ただ自分は研究者になりたいっていうのは思っていて、その研究者でもいろんな職場ってあるわけじゃないですか。国の研究機関の研究者、会社の研究所の研究者、大学の研究者って、さまざまなパターンがあるんですけど、自分は大学に身を置いて研究をやりたいというのは、ずっと前から思ってて、そうすると大学に入ってモチベーションというか、目指すところは最初から決まったわけですね。それで一歩一歩きてるわけですけ
ど、どうなんです?太田先生。
太田:私は逆にそんなに早くは研究者になりたいっていうのは全然考えてなくて。そもそも高校生のときも、進路とかはちょっとどうしようかなって思っていたときに、インターネットが出てきたので、すごいそれに興味を持って地元の会津大学にコンピューター専門の大学に進学したというのが、まずこの分野に入ったきっかけですね。
で、その大学生のときも、まだドクターに進学したいとは思っていなかったんですけれども、留学っていうのは興味があって、アメリカに留学できたので、その時に研究っていうのはおもしろいかなと思って、そのままドクターに進学しようというふうに決めました。
北:残ろうとは思わなかったんですか?
太田:そもそも、そのアメリカの大学自体が私あまり、とにかくアメリカに行きたかったので、最初に合格通知をもらったところに行ったので、あまりコンピューターサイエンスに強い大学ではなかったので、それだったら会津大の方がその分野で強かったので、戻ってそこで学位を取ろうと思いました。
北:面白いですね。留学が研究起点ではなくて、アメリカに留学をしたいというのが起点だったんですね。
太田:そうですね。
北:すごい面白い、それは(これまで聞いてきた中で)初パターンだなと思って。
太田:そうですね。
北:それはどういうモチベーションから、やっぱり研究者なので、もちろん研究にまつわって、ここの研究、ここの大学が強いからというふうに行ってらっしゃるのかなと思ったんですけど、その時点ではそこはポイントではなくて、何が刺激されてアメリカに行かれたんですか?
太田:そうですね、私割と、先ほどの話だと研究の内容に関しては一貫してやってるっていうのはあるんですけども、人生においては、割と外からの刺激っていうか、こうしてみたらっていうのに、割とフォローしてきた人生で。
そういうのが多分高校生のときにインターネットに興味を持ったのも、実はうちの親がパソコンを買ってきて、あわよくば地元に残ってもらいたいという思惑があったらしくて、それあとから分かったんですけど。
それで、こうのせられて、私はまんまと、それで地元に残ったんですけど。で、留学したいっていうのも、会津大学に名物の英語の先生がいて、その先生がすごく留学推してたんですよね。大学1年の時から、その英語のTOEFLの授業を取っていて、で、その先生にすごくお世話になったんですけども、4年間ずっともう留学は絶対したほうがいいっていうのを、半ば洗脳されて、それはやっぱりアメリカに行った方がいいんだとその時思って、何も考えずに渡米したっていう形ですね。
北:でも結果的にそこでやっぱり研究をするんだったら、戻ってきたということは、やっぱりそこで改めてそのコンピューターサイエンスへの興味みたいなのに気づいて、やっぱり日本での方が研究活動が推進できるというふうに思われたんですか?
太田:そうですね。
北:なるほど。でも、英語で海外に行ったということをきっかけに、ある意味その英語というツールを使って、さらにこのコンピューターサイエンスの領域を広げられたりとか、そういった効果はあったんですかね?
太田:そうですね。やっぱり、そもそも会津大学がバイリンガルの教育をしてたので、そこのハードルはすごく下がって、アメリカ留学してさらにそのハードルが下がったので、やはりずっと一貫して、国内の研究会というよりは、海外志向で論文を出したり、研究をしていったりとか、そういうマインドセットはそれで育ったのかなというふうに、今になるとそういうふうに感じます。
北:そうすると、もう海外の研究者とのコラボレーションというか、共同研究っていうのも、今まで結構やられてきてるんですか?
太田:はい、そうですね。
で、さらにそのカナダに行ったのも、ドクターは会津大だったんですけれども、そのドクターの時に在籍しながら、カナダの大学で学ぶっていう機会も得たので、それでさらにアカデミックなネットワークっていうのが広がったのかなというふうに思います。
北:すごいこと突っ込んじゃっていいですか?
董先生にお伺いしたいのは、日本を離れないで、日本で教員になった理由っていうのが、やっぱりコンピューターサイエンスがポイントになっているのかなと思いつつも、ちょっと太田先生の存在が見え隠れするんですけど、そこら辺は実際どうだったんですか?
董:いや、まさにそのとおりで、私たちがカナダに行ったのはどちらも学生だったんですよね。
北:はいはい。
董:ドクターの時とドクターの時で。その学生(の時に)、カナダに行く前に結婚したんですよ。
北:あっ、そうなんですか?
董:結婚して行ったわけですね。なので、自ずと卒業して日本に職を続けるような形になったんですよね。それが多分、なんて言うのかな、これは私の感覚なんですが、何事でもトリガーとかきっかけっていうのは必要で、私たちは結婚のトリガー、きっかけは留学だったわけですね。共にカナダに留学行くっていうのは。それがまさに生活の、一緒に生活するっていうのがトリガーだったと思うんですよね。
北:カナダに行ってたときは、研究活動はオーバーラップがありましたか?お二人の。
董:同じ研究室に行ってましたね。
太田:そうですね。
北:そうすると、やっぱり仕事のスタイルとか、研究のスタイルとかも見ながら、将来一緒に仕事をするということも考えながら、やっぱりこれは一緒に研究するっていうスタイルがお二人にとって相乗効果になるというか、さっき言ってたマネジメントのやり方の違いでもそうですけど、どういうふうに感じたというところもあるんでしょうか。
董:当時はですね、私が私たちが卒業した頃は、就職マーケット、特に大学、日本で大学の教員になる就職マーケットって、今と比べたら全然難しくて、ポジションもないし、競争も激しいし、分野もそこまで(多くはなかった)。
今はAIとか、いろんなところの情報人材とかってありますけれども、当時はまだそういう時代ではなかったので、何か必ずこれをするっていうのはあまりなくて、最低限に国公立大学の研究職を一緒の職場で手に入れたいというのがあったくらいのスタートポイントだったんですよね。それが最初のきっかけというか、戻ってきて卒業して就活してたところは、そこをまず目標に立ててやってたんですよね。
太田:そうですね。なので最初から今のスタイルを目指していたというわけではないんですけれども、やっぱり結婚して家族になるわけですから、やっぱり拠点が離れてると不便じゃないかっていうのはあったので…。
最初の就職の時は別々の研究所に行っていましたし、
董:京都、京都府の
北:ああ、なるほど。
太田:はい。私は室蘭にいたので、そういう期間もありました。
董:そうですね。遠距離ですし、飛行機の定期ってないじゃないですか。
北:はい。
董:で、結構週末LCCで乗ってましたね。
太田:そうですね。
北:LCCで。
董:関空から札幌、札幌、関空って結構飛んでましたね。
太田:飛んでましたね。
董:LCCで。
太田:その時すごく安かったので。
董:数千円台ですよね。
太田:数千円で。
北:ああ、そっかそっかそっか。最近高いですもんね。
董:4千、5千円台だったよね。
太田:そうそう、早く取れば。
董:早く取れば。
太田:すごく安かった。
授業も研究も“チーム戦”研究者夫婦だからできた子育ての形
北:で、一方でいろいろライフステージとかも変わり、離れても大丈夫なときもあれば、やっぱりお子さんとかの兼ね合いもあって、結構負担が重いときに一緒に住んだりだとか、同じところを拠点にするということが、やりやすさもあるのかなと思いましたけど、子どもが例えば生まれる以上どちらかが、産む側としては、一旦生まなきゃいけないとかあるときに、お互いの研究を尊重している立場として、何かこういうふうにやりくりしようとか、逆にそういうライフイベントをプラスに考え、研究に生かそうとか、そういった工夫とかってされていたんですか。
太田:私、2人子どもいるんですけども、1人目のときはやっぱり初めてのことなので、だいぶ仕事のことに関しては、主人の負担は重かったかなと思います。
けど、2人目のときはちょっと慣れたので、子どもが寝てるときに申請書書いたりとかしてたんですけど、でも、それは無理がたたって乳腺炎になったりとかして大変だったんで、やっぱり産後は体は気をつけた方がいいなってその時は思いました。
北:わかります。
太田:はい。
董:ひとつ、職場一緒だったので、1人目の時はほとんど私が授業を、太田先生の分の授業をやっててですね、仕事も学生も。そうすると、ある意味、大学というか学科にあまり負担をかけない形で全部吸収できたので、それが長く産休が割と、
太田:産休と育休で1年。
董:1年とれたっていうのは、多分職場が一緒だからこそできたことなんですよね。
北:たしかに。授業のやりくりとかあまり考えてなかったんですけど、そんなところで、うまくバランスを取っていたというか、
董:そうですね。
北:研究活動は、ちゃんとこう着実に進みながら。
董:はい。それは職場のあれですね、一緒にやるというのはメリットの1つですね。
北:お二人のお子さん、実はSS-Fのリトリートにも来ていただいたりですとか、去年はGALAイベントというイベントにも足を運んでいただいたりとかで、もう私の中ではかなり親戚の子ぐらいな気持ちで、すごくあの親近感を持って過ごしているんですけど、元気で2人ともいらっしゃるんですけど、どちらに似られたとかありますか?
董:これはやっぱりDNAってすごいなと思って、上の子、娘はもう完全にパパ似なんですけど、下の息子も私に似ていますね。性格も見た目もそんな感じで分かれてます。
北:うんうん、確かに。
太田:うん。
北:確かに。子育てはやっぱり私もしているので思うんですけど、研究者の方々がどうやって子育てしているのかというのも知りたいですし、普通の企業だと割とこう固定の時間があるので、なかなかそこの範囲外でやらなきゃいけない難しさとかもあるんですけど、そこら辺のフレキシビリティーがあるのかというのと、もう1つ気になるのが、やっぱり、どういった視点で教育をされているのか、特に董先生、中国語もしゃべることができて、海外の経験からアメリカ、英語っていうお話も出てましたし、言語をツールとして使いながら、科学に対する興味とか、強いらないかもしれないですけど、どういったような方針でやってらっしゃた結果の、あの元気なお二人なのかなという。
董:そうですね。研究者、おっしゃるとおりで、大学教員は裁量労働制ということで、割と時間の自由が利くわけですね。そういう意味では、子育てという観点からすると、しやすいとは思っています。子どもを塾に入れたりとか、そういう送迎とか、そういうのは非常にやりやすい、やりやすくてですね。
子どもの育て方は、私はまず、自分自身もそうだったように、10代のときに、ある意味、海外異国の地ですよね、に行って、いろいろ経験して、いろんな成長をしたというのは、この人生の長いスパンで見ると、すごくプラスになってて、同じ経験をやっぱり子どもにも経験させたいというように思ってるわけですね。実体験という意味で非常に大事かなと思って。という意味で、いつもこういろんなイベント、そのリトリートとかGALAとかも、積極的に参加させるという方針をとっています。

SS-F リトリートにご家族で参加されている様子
北:海外に行くというわけではなくて、エクスペリエンスとして、いろんな違う体験をさせるということですか?
董:そうですね。海外も含めて、違う文化、違う経験、違うこと、違う価値観の人としゃべったりとかというのは非常に大事と思っていて、それが1つと、もう1つは、今自分のコンピューター科学の分野の研究者なので、せっかくここにある技術というか、パワーを使わない手はないかなと思っていて、教育にですね。そういう意味では、ChatGPTとかを子どもにまず触れてもらって、なんか問題があったら、子どもって好奇心って結構あるんじゃないですか?
北:ありますね。
董:いろんな質問を、大人から見ると全然分かる内容でも質問をするわけですね。その質問のときに、私は答えられる範囲でもまずChatGPTに聞いてって言うんですよ。
北:へえ!
董:家の中でも。それで分からなかったら、一緒に解くとか、私から教えるって、別にその空間に一緒にいるんですけど、そこは私の考え方、ポリシーであって、独立して、そのアビリティをどうやって育てるかというのは非常に大事かなと思います。
まず自分で解決できる。研究者だってそうじゃないですか。この問題が起きたときに、いろんな助けはもらうんですけど、最終的にこの問題解決能力というのは、ものすごく大事で、それを子どもの時からやってもらおうかなというのは考え方なんですよね。
北:うんうんうん。
太田:なるほど。
北:納得。
董:納得しちゃった。
太田:いや、結構董先生は教育熱心なんです。
北:そうなんですか?
太田:そうですね。うちの教育は、全部ディレクションは董先生がやってます。
北:へえ。
太田:私は結構普通で、どうしても最近はものすごく忙しくて、子どもと触れ合う時間がないので、なるべく子どもの話を聞いてあげるとか、そういうことを意識してやってるっていうぐらいですかね。
さっき言ってたとおり、やっぱり教員は裁量労働制なので、普通の会社員の方より、時間はフレキシブルっていうのはあるんですけれども、一方、つなぎ目っていうか、この境目がないので、ずっと仕事しようと思えばできてしまうっていうのがあるので、その線引きは自分の中でしないと、いつまでも仕事をして、子どもと関われる時間というのはないので、その部分は若干、私は意識して、すごく気になることがあっても、それはいったんシャットダウンして、子どもとの時間を大切にしようかなというふうには意識してます。
北:結構、思考の連続性みたいなのって大切だったりとか、ずっと考え続けて発展させてみたいなことを、よく研究者の方がいらっしゃるんですけど、一方で、立てて一回シャットダウンせざるを得ないというか。
で、忘れちゃうんですよね。私とか何やってたっけみたいな。それが結構悩みだったりするんですけど、どうやってその研究に戻ってくるようにするとか、勝手に戻るのか、どういったように、その全然違う2つの仕事をうまくこう切り替えているというか、どちらかというと戻ってこれるのかというところが、私は興味が(あります)。
太田:それはもうかなり意識してやらないといけなくて、私も時々ハッとするんですけど、どうしても今スマホがあるので、スマホでいつでもメールとかチェックできたり、学生さんから、なんかこの論文を見てほしいというときに見れちゃうわけですよね。で、こっち気取られてると、うっかりこの子どもが話してるのに、ちょっと聞いてよ!みたいな言われてしまうので、スマホは気になるけど、なるべく気にしないようにするとか、
北:ああ、なるほど。
太田:そう意識しないと、私もずっともう仕事のことを考えてしまうので、もう意識するしかないかなっていうことでやってます。
北:なるほど。意識次第。あとはやっぱり研究に対する興味が切れないんでしょうね。なんやかんや。
太田:うーん、そうですね。そこはやっぱ仕事ととして捉えているので、興味っていうか、やらなきゃいけないっていう、どちらかというと、私はそういう義務感の方が強いので。そうですね、興味ベースの形がいいかもしれないですが。
董:さっき研究の話で、補完ということがあったじゃないですか。
北:はいはい。
董:子育ても同じで、私の教育ポリシーというか例えばこう、独立でなんかやらせるとか、ちょっとこう形というか、ディレクションを決めてこっちに誘導するとかっていうやり方でやってるんですけど、これだけじゃ駄目なんですよね。
北:はい。
董:一方の話を聞いてあげたりとか、一緒に遊んでもらったりっていうのは、必ず必要で、その部分はきちんと補完してもらってるっていう認識なんですね。どっちも大事なんだけど、どっちかが欠けてると、そこまでいけないので、それは非常に大事かなと思って。
AIは“人間の代わり”ではなく“パートナー”:研究者が考えるAI時代の教育論
北:すごいいいですね。1人で全部をバランスを取ろうというよりかは、2人でそれぞれが得意分野じゃないですけど、で、補完し合って子育てをすると。
1つちょっと気になっていることがあるんですけど、ChatGPTにまず聞いてみなさいっていうすごい、なんていうんですか、アビリティ、自分のケイパビリティを高めるというところだと思うんですけど、一方でいろんなところでこうAIにすぐ聞いちゃわないように!とかいう人たちもいますけど、特に専門家だから、ある意味AIにも精通されている董先生だからこそ、そこを教育に取り入れるっていう意義というか、いろんな人がいろんなことを懸念を言ったりとかするときがあると思うんですけど。
董:そうですね。まず私の認識の中で大前提なのは、このAI時代はもう到来していて、それを拒んでも多分変わらない。ということは、車と同じでですね。車時代になったときに、人間が車より速く走るというのはあまり考えない方がいいと思うんですよね。大事なのは車社会に入った時に車を上手く運転する技術。安全に運転していくやり方を身につけた方が良くて、自分が車より頑張って走って、より早く目的地に到達するのは、あまり考えない方が良くて。
だったらもうAI時代は、みんながAIを使わなきゃいけない時が来てるので、それをどうやって、いち早くよりうまく使いこなしていくっていうのは、非常に大事な能力だと思ってて、私の専門分野でもあるので、それを意識しながら、まず身近で実践というか、正解はないかもしれませんけど、それを日々模索をしなきゃいけないかなと思ってるんですよね。
北:元々そういう近い分野にいらっしゃるので、お二人とも使うのは早かったと思われるんですけど、どっちが積極的に使い始めたみたいなのってございますか?お二人の中で。性格が結構現れるのかなと実は思っていて。
太田:そういう、やっぱり新しいものを取り入れるのは、董先生のほうが得意かなとは思います。AI、私もChatGPT結構使っていて推進派ではあります。やっぱりツールなので。コンピューターと一緒で、それは使いこなせてなんぼっていうところはあると思いますので、それの使い方を子どもの頃から身につけるのは、いいことかなって思ってるんですけど、私は子どもに聞かれたら、私自分のために自分で説明するようにしていて、っていうのは、私結構説明するのが苦手なんですよね。
北:そうですか?
太田:自分で思ってて、説明するのが苦手なので子供から聞かれた時に、うまく説明できるかっていうのを自分に課してて。その練習のためにやってます。
北:すごい向上心がこんなところで。へえ。
太田:子供に対してできるように。
北:知ってました?そんなこと、自分に課してたって。
董:多分、向上心はすごく持ってるとは前からわかってて、いろんな陰での努力は多分すごいしてると思うんですよね。
太田:ありがとうございます。
北:向上心っていう、結構向上心ドリブンなのとワクワクドリブンみたいな、そんな感じなんですかね、お二人でいうと。
董:そうですね。ワクワク、私は好奇心旺盛で。どうなんですか?好奇心は。
太田:好奇心はありますけど、たぶんやっぱり董先生のほうが、そうですね。いろいろな興味が、物だけじゃなくて人にも、多分北さんわかると思いますけど、人にもすごく好奇心があるので、いろんな人とお話しするのが好きっていうのは、やっぱりその好奇心から来てるんじゃないかなと思います。
董:そうですね。
北:すごい。そしてその話していることによって、また新しいアイデアを生むのがすごく得意というか、そういうタイプなんだなというふうにすごく感じます。ステラ・インベンターの中でも、そういう特性を持っていらっしゃる方も結構いるなと思っていて、そういう人たちって、本当にこう吸収力がすごくて、そこを自分の次のリソースにしていく感じがすごく、なんて言うんですかね、自分の力を倍増、3倍、4倍にしている感じがすごい感じます。AIがどんどん話として出てきましたけど、進化して使えるようになるというのが重要だという話もしてましたけど、それを使ったうえで、じゃあ残された人間のスキルというか、どこを何だと思っていて、AIを使わない中でも、どういったところを伸ばしていくべきだとか、というふうに思われますか?
董:非常に難しい質問。
北:人間にしかできない仕事っていうか、研究者としてのAIを使いながら、できるための役割というか。難しい、すみません。
太田:今研究の分野でやはり言われてるのは、AIが信用できるかどうかっていうところは、すごく研究されているところで。やっぱりAIはブラックボックスで、どういうふうに判断基準があって、その結果を生み出しているかというのが分からないところがあるので、精度が高くても信用はできないよねっていうところで、まだ人間の介入が必要と言われていて。
もしその部分が完全に、どういう判断基準でこの精度、正解が出ているかというのがわかればもっとAIに頼ることはできるんですけれども、でも今度はその責任が誰が取るかといったら、やっぱり人間が取るしかないので、AIを使うときに誰が責任を取るか問題は出てくるというところですよね。だからそこが多分、今転換点になっているのかなと思います。精度はどんどん上がってるんですけど、どこまで任せられるかってところですよね。
董:教育とAIの講演を前、一回したことがあるんですけど、私の方で。
北:あ、そうなんですか?
董:はい。
北:聞いてみたい!
董:何段階かあるんですけど、最初は人間がですね、例えばCADとかデザインとか、いろいろこのフォトショップもそうなんですけど、このコンピューターの技術を使って教育する、何かの絵を描いたり、CAD、情報技術を使って教育を助けたりというのは、今まで昔からあることなんですけど、AIが出てきてですね、ChatGPTでもそうなんですけど、我々が何か分からないことがあって聞いて、答えが返ってきてるっていう、モデルチェンジしてきたわけですね。
これからの時代は、人間とAIの2つの役割があってですね、どっちかというと、どっちが上とか、どっちが下とかという関係ではなくて、平等でまさにパートナーのイメージだと私は思っているんですよね。つまり、お互いに補完して人間でしかできない部分って必ずあるんですけど、AIが得意な部分も必ずあるわけですね。そこはやっぱり認めつつ、うまく活用するのがパートナーじゃないですか。それを教育の現場でもそうなんですけど、うまくパートナーとしてAIをみてつきあっていくのが、私たちが大学教員もそうなんですけど、教育の現場にいる人間として考えなきゃいけないかなと思ってるんですよね。
北:やっぱりAIがうまく活用できれば、というか、そうするとやっぱりもうまだ見てないような世界が描けたりだとかするんでしょうかね。
董:そうですね。テクノロジーが得意な部分っていうのがあって、例えば今取材を取っているわけじゃないですか、録画してて。この部屋の照度ってどのぐらいかというのは、多分誰も分からないわけですね。でも機械で測れば、この照度っていうのは、もう数字単位まで分かるわけです。それが機械が得意な分野なんです。それはうまく取り入れて、フィードバックしていくというのは大事かなと思ってて、人間がいくら今暗いな、今明るいなというふうに考えるよりも、もう機械で測ればいいんじゃんというのが私の考え方です。
北:なるほど。ただその数字だけを初見で見た人は、それがどのぐらいの明るさだとかは分からないので、その両方を自分が感じる部分を養って、それとパートナリングするような形で、機械をうまく使っていくという。
まだ誰も知らない未来をつくるために。通信技術の未来と世界を変える研究の種
北:今、こうずっとこの研究、今やってる研究とかの話とか、教育の話とか、いろいろAIの話とかもしてきましたけど、これからどういった野望を持って、どんなような社会を実現するために、研究活動をしてみたいか、これからやってみたい野心的な研究だとか、あるいはそれ以外でも大丈夫なんですけど、教えていただけますか?
太田:やっぱり私のその研究の1つのモチベーションになるのが、自分の生活をもうちょっと便利にしたいとか豊かにしたいというところがベースにあって。
私今、結構お仕事たくさんいただいていて、いろんな出張とか多いんですけれども、そうなると、やっぱり家族っていうか、子どもとの時間が減ってしまうので、そういうのを両立できるような、もっと、全然もう遠い未来の話だと、遠くにいても近くにいるようなバーチャル空間とか、もしかしたら、遠い未来だったらそういう技術ができるんじゃないかというふうに思っていて、それが無線通信とかの技術を使ってできるようになるといいのかな、というふうには思っているところです。
北:どこでもドアって言われるのかなと思ってたんですけど、やっぱりもうちょっと科学的な回答がきたなと思いました(笑)
董:私はですね、今のコンピューターサイエンスの研究を続けたいと思っていて、私たちの分野のいわゆるノーベル賞というのは、チューリングアワード(ACM A・M・チューリング賞、通称チューリング賞)と言われてるわけですね。
チューリングアワードで受賞されている賞とかっていくつかあるんですけど、その代表的なものが今私たちが使ってるマウスなんですよね。マウスのインターフェースっていうのは、ものすごくなんて言うんですかね、一見、今だと普遍的であれなんですけど、出てくるときってすごくインパクトというか、便利なわけですね。それが目指しているところなんですけど。
で、もう1つは、実は私今、日々の研究生活の一部というか、勉強をしているときに一番使っているツールってYouTubeなんですよ。
北:へえ!
董:太田先生と前話した時に、YouTubeって出てきた頃って、みんな思い出してください。あれって使う人いるのかなというふうに、私たちは少なくとも思ってたわけですよね。誰がコンテンツをあげて、誰が見るんだっていうのがあったんですけど。
今となれば、もう学術的な内容、基調講演とか探せば出てくるし、最先端のことも載ってるし、いろんな国のいろんなトピックが、例えば、このコップを分解してまた作り直すとか、そういうのも出てくるし。ただ、吸収しようと思えばいくらでもできるわけですね。
じゃあそのYouTubeみたいなものが最初出てきた時って、別にすごくインパクトがあるっていうのは誰も思ってなかったわけですね。でも今となれば、そういうふうにものすごく社会を変えているというか、ライフスタイルを変えているものじゃないですか。
だから、私たちが今いる情報の分野というか、コンピュータ科学の分野も、それがきっと今やっている研究、あるいはこれからやる研究の中で、きっとそういうようなものみたいな、卵みたいな、あると思っていてそれがうまく育つかどうかはわからないんですけど。で、その形も想像はできないです。
だけど、人間って長い時間かけて経験とかしていけば、いつかはね、そういうようなものにつながるという夢を見ながら研究はしていきたいなと思ってる。そうすると、自分も楽しくできるし、将来に向けて何か面白いものができるという期待感を持ってやっていきたいなと思います。
北:なるほど、面白い。董先生らしい、すごく前向きで、新しいものを受容するようなエピソードで締めていただいたかなというふうに思いました!
お二人がすごく仲がいいのは、ご家族も含め、知ってたつもりだったんですけど、やっぱりそれがすごく補完関係がうまくいっているっていうのと、あとやっぱりそのスタンスとして、1人で全部をやろうとせずに、それぞれ機械も含めていいところを受け入れながら、アウトプットを最大化していくみたいな、そういったいいエコシステムが、小さなエコシステムがここの中で回っている結果、いろいろな面白い研究につながってたかなっていうことがわかりました。大変面白く聞かせていただきました。本当に今日はお越しいただきまして、ありがとうございました!
董、太田:ありがとうございました!
Stellar Lab Radio−まだ、誰も知らない世界を変える研究について
ホストはステラサイエンスファウンデーションの北真理子でした。
See you soon on stellar lab radio.