テクノロジーの進化によって、私たちの生活に「ウェアラブルデバイス」が浸透しつつあります。現在は腕時計型の端末が主流となっていますが、この先の未来には、人間の皮膚と同じような柔らかさを持ち、身体と一体化するような革新的なデバイスが登場する可能性があるのをご存知でしょうか。
そうした新たなデバイス実現のカギを握るのが、「柔らかいナノ電子材料」の研究開発です。ゴムやゲルなど、柔軟性はあるけれども電気を流さない素材に、電気を流す性質を持たせることで、絆創膏のように皮膚に貼りつけられるデバイスや、顔に装着しても見た目からは分からないシートなど、これまでにない形のウェアラブルデバイスの実現が近づきつつあります。
今回、科学の最前線で革新的な研究に取り組む研究者へのインタビュー企画『Invent Innovation』では、こうした「柔らかいナノ電子材料を用いたインタラクティブデバイス」の開発に挑む東京大学 先端科学技術研究センターの松久直司さんにインタビューを実施。研究のきっかけから最新の研究内容、そして人間とエレクトロニクスの境目をなくしていく未来の展望まで、詳しく話を聞きました。
人気が高まるウェアラブルデバイス。その未来を考える
——昨今、世界的に健康に対する関心が高まり、ウェアラブルデバイス市場も毎年のように規模拡大を続けています。松久さんは、ウェアラブルデバイスを日頃から使われていますか?
利用しています。僕が今身につけているのは、Apple Watchです。
——ウェアラブルデバイスを使うメリットは、どのようなところに感じますか?
日常生活の中で最も役に立っているのは、スケジュール管理です。忘れっぽいところがあるので、次の予定を腕の端末ですぐに確認できるのは、とても楽だと感じます。あとは、睡眠時間のモニタリングでも活用しています。「最近、調子が出ないな」と思ってApple Watchを見てみたら、睡眠時間が足りていないことが判明したというケースも多いです。そうした日々の細かなデータ管理で大いに役立っていますね。
——逆に、デメリットを感じることはありますか?
今は涼しいので何の問題もありませんが、夏場、暑いところに行った際などは、時計のベルトの部分がかぶれてしまう方もいるようです。また、僕は以前、研究員としてシンガポールで過ごしたことがあるのですが、シンガポールのような年中暑い地域でも、Apple Watchのようなデバイスを身につけるのは少し抵抗感があるように思います。暑いところでもずっと身につけていられる、着け心地の良いデバイスは必要だと感じます。
——ウェアラブルデバイスは、アニメやSF映画などでもメガネ型、コンタクト型、皮膚装着型などさまざまなものが描かれています。現在の技術発展のスピードなどを踏まえたとき、松久さんはこの先の未来、どのようなデバイスなら実現できると思いますか?
メガネやコンタクトレンズ型のデバイスは、実はもうすでに実用化されつつあります。ですから、それは遠い未来というよりも、本当にすぐその先にある未来に実現できるデバイスだと思います。ただ、そうした新しいデバイスが社会に受け入れられていくのかは未知数です。新しいウェアラブルデバイスを社会に浸透させていくためには、僕も含め、開発者がプロトタイプなどを用いながら社会を説得していくことが欠かせないと考えています。
柔らかい電子材料を作り、
身体と一体化できるような新しいデバイスを開発する
——改めて、松久さんの研究テーマをお聞かせください。
我々の研究室では、「柔らかいナノ電子材料を用いたインタラクティブデバイス」をテーマに研究を行っています。
現在世の中に存在するウェアラブルデバイスは、基本的に小型で、着ける場所は手首や指、耳、目など、特定の体の部位に限られています。なぜ、こうした特徴を持つのか。それは、従来のエレクトロニクス(電気で動く、スマホやパソコンなどの装置)が固いからです。最近は曲がるスマートフォンなども登場し始めていますが、基本的にスマートウォッチなどのデバイスで使われるさまざまな部品は、とても固く、柔軟性を持ちません。そのため、なるべく小さく、装着部位を限定した製品に仕上げなければ、人が便利かつ快適に使用することが難しいのです。
そこで我々は、デバイスや電子材料の「柔らかさ」の実現に着目し、新たな材料やデバイスの研究開発を進めています。例えば、ゴムは電気を通さない物質として知られていますが、ゴムに銀や炭素などの電気を流す性質を持つものを混ぜ合わせたり、分子の構造を変えたりすることで、電気を流すゴムや半導体のような性能を持つゴムを開発。そうした材料をもとに、新たなエレクトロニクスを作り込み、柔らかいウェアラブルデバイスを作っています。
我々が開発している柔らかい電子材料は、皮膚と同様の柔らかさを持つことができるため、例えば絆創膏のように皮膚に貼りつけるデバイスを実現可能です。あるいは、皮膚のしわにまで密着するようなウェアラブルデバイスも叶えられるため、既存のウェアラブルデバイスよりもさらに着け心地の良い、我々の身体と一体化するようなデバイスを開発できたらと日々研究に取り組んでいます。
——電子材料の素材としては、ゴムを使用することが多いのですか?
そうですね。もしくは、ゲルを使うこともあります。寒天やこんにゃくのようなものもゲルの一種で、成分の多くが水になっています。
——松久さんはどうして、柔らかい電子材料とインタラクティブデバイスの実現を研究テーマに据えるようになったのですか?
理由はとてもシンプルで、「電気を流すゴム」におもしろさを感じたからです。例えば、電気が流れているかどうかを確認するテスターという機材で、いろいろな材料の通電の有無を調べる実験を皆さんも学校などでやったことがあるかと思います。ああいった実験は楽しい気持ちで取り組めますよね。それと同じような感覚で、自分で作った材料が伸び縮みして電気を流すようになったらおもしろいだろうなと思いました。それが出発点となって、大学時代からこの研究に取り組んでいます。
電子化粧、目立たないセンサー。最新の研究内容に迫る
——松久さんの最新の研究内容には、どのようなものがあるのでしょうか。
最近は、「eコスメティクス」について研究しています。ディスプレイの役割を果たすフィルムを肌に貼ることで、化粧と同様の効果を得る技術の研究です。すでにプロトタイプは開発しており、現在は青く発色するフィルムで実験などを行っています。この技術を用いれば、誰かと目線があった瞬間に頬が赤くなったり、周囲の環境に合わせて色彩が変化したりする新たな化粧品も開発可能です。そうした化粧道具があればおもしろいのではないかと、研究を進めています。

皮膚に貼りつけ、色味を出すことができるフィルム(松久教授 提供)
——非常に興味深い研究ですね。ほかに研究されているテーマは何かありますか?
分かりやすいもので言えば、「顔」にまつわる研究があります。顔は、人体のさまざまな情報を得られる部位。例えば、額からは脳波を、目や頬の周りからはEOG(Electrooculogram)という視線の動きを捉えるデータを、口の周りからは口の動きを察知し、次にどんな言葉を話すかを予測することにもつながる筋電のデータを取得することができます。
特に脳波は、常にセンシングすることでアルツハイマーなどの脳に関する疾病を明らかにすることができるため、顔に常時装着しても、見た目的にも装着感としても気にならない電極を作ることができないかと研究を進めています。

「見えないウェアラブルデバイスの活用イメージ(松久教授 提供)
すでに、顔に装着しても見た目からは着けていることが分からない上に、触ってもどこにつけているのか分からない電極を実現できており、今後はこれが社会の中で本当に求められる技術なのかを、医療機関との共同研究の中で検証していくつもりです。
加えて、基礎研究に近い領域でも研究を続けています。最近は、元の長さの10倍に伸ばしても壊れない、耐久性かつ導電性のあるゲルを開発しました。豆腐や臓器と同じくらいの柔らかさがあるゲルは近年、電子工学分野で世界的に注目されている素材です。開発したゲルを今後の研究に活かせないかと考えています。
情報発信の中で生まれる新たなアイデア
——ところで、松久さんは、YouTubeの番組出演や講演会の登壇など、外部への発信を積極的に行っている印象があります。情報発信に力を入れているのは、どうしてですか?
大きく2つの理由があります。1つ目が、情報発信をすることが、さまざまなところからいただいた研究予算で得られた成果の社会還元につながるからです。2つ目が、人に話すことで自分の考えがブラッシュアップされる側面があるからです。そのため、中高生などを含めたアウトリーチ活動などにも力を注いでいます。
——アウトリーチ活動の中では、具体的にどのような気づきが得られたのでしょうか。
我々の研究室では、中高生に対して発表を行ったり、研究体験をしてもらったりしているのですが、そうした活動の中で、「研究をする上で大切なこと」について尋ねられることがよくあります。自分が大切にしているものを、相手に分かりやすい言葉で伝えようとすると、結果的に自分の思考が整理され、「たしかにこれは自分で大切にしているかもしれないな」と腑に落ちることが多いです。
あとは、中高生に限らず、一般の方からいただいた意見が研究の新たなアイデアにつながることもあります。例えば、僕が博士課程の頃に銀を使った伸縮性導体の研究を行っていた際、外部の方から「銀を使うと酸化しないのか」といった質問をいただいたことがありました。その問いにヒントを得て、金を使った伸縮性導体の研究へと発展させることができたんです。また、講演会や研究体験のときに、遊びの中で「こういう風に使ってみたい」と具体的なシーンを想像したアイデアをいただくことも多く、それが実はおもしろい研究につながっていったというケースもあります。現在研究している「eコスメティクス」は、そうしたアウトリーチ活動の中で着想を得たテーマでした。
人とエレクトロニクスの「境目」がなくなった未来を目指して
——松久さんは研究を通じて、どのような社会の実現を目指しているのでしょうか。
人とエレクトロニクスとの間にある“境目”をなくしていけたらと考えています。柔らかさや透明性を電子デバイスに持たせれば、人体と一体化したデバイスを作ることも夢ではありません。例えば、皮膚の表面にエレクトロニクスを貼りつけて、それで間接的に筋肉を動かしたり、ヘルスケアのデータをとったり、表情に変化をつけたりと、人間を「簡易的なサイボーグ」にすることができます。
現在の社会では、スマートフォンやパソコンを使う際、「今はパソコンを使う時間」と意識して集中する必要があり、心身や時間がデバイスに縛られているように感じられます。しかし、我々の研究が進めば、将来的には、日常生活の中に自然な形で情報が溢れ、外の世界に目を向けながらも、無理なく情報とつながれるような社会が実現するかもしれません。エレクトロニクスが自然な形で人間の生活をサポートできるようになる未来を目指して、引き続き研究を続けていきたいと思っています。
——最後に、研究の今後の展望をお聞かせください。
僕がこの研究を2012年に始めてから、10年以上の月日が経ちました。2012年の頃は「伸びる導電材料」そのものが新しい研究テーマでしたが、現在はさまざまな材料が開発されており、材料のポートフォリオは十分に揃いつつあると感じています。むしろ今は、それらの材料を使いながら、より複雑な仕組みを持った集積デバイスや、社会で実際に活用できるデバイスを作っていくフェーズです。今後は、人間のコンピューター使用体験の向上などを研究している「ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)分野」の研究者との共同研究なども見据えつつ、そうした新しいデバイスに使用できるような部品を作ってみたいと思っています。自分自身の好奇心を大切にしながら、企業との連携も含めて社会に納得してもらえるようなものをつくっていくことで、最終的に人間とエレクトロニクスが自然に融合していくような社会を実現する技術が作れたらと考えています。
プロフィール
松久直司/Naoji Matsuhisa
東京大学先端科学技術研究センター准教授。2012年に東京大学工学部電気電子工学科を卒業後、同大学院で染谷隆夫教授のもと学び、2017年に博士号(工学)を取得。その後、シンガポールの南洋理工大学とアメリカのスタンフォード大学でポスドク研究員として経験を積む。2020年に慶應義塾大学専任講師として着任し、同年より科学技術振興機構さきがけ研究者を兼任。2022年から東京大学生産技術研究所准教授に着任し、2023年より現職。「柔らかいナノ電子材料を用いたインタラクティブデバイス」をテーマに、次世代ウェアラブルデバイスの研究開発に取り組む。フレキシブルストレッチャブル研究会代表を務めるなど、分野の発展にも貢献している。
(取材・文/市岡光子、写真/関口佳代)