Stellar Lab Radio 第2回 ゲスト:馬渕 洋さん

体の中に存在する「間葉系幹細胞」。その力を解き明かす研究は、傷の治癒にとどまらず、培養肉の開発や宇宙での細胞培養など、思いがけない未来の可能性へと広がっています。今回のStellar Lab Radioでは、その最前線に取り組む藤田医科大学准教授・馬渕 洋さんをお迎えしました。
Stellar Lab Radioは、「まだ誰も知らない、世界を変える研究」に光を当てるトーク番組。世界レベルで活躍するトップ研究者たちが、最先端の研究やブレイクスルーの裏側、そして未来へのビジョンを語ります。
前編では、幹細胞研究の基礎から、細胞が持つ驚きのストレス耐性、そしてオルガノイド技術を活用した“培養肉”の可能性まで。研究と社会課題がどのようにつながっていくのか、その広がりを余すところなく語っていただきました。
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世界最高レベルの“幹細胞の見分け方”
Sean: 今日のゲストは、藤田医科大学准教授、馬渕洋さんにお越しいただきました。馬渕さん、よろしくお願いします。今日は会えてうれしいです。
馬渕さん(以下、馬渕): どうもありがとうございます。藤田医科大学の馬渕と申します。
Sean: はい、よろしくお願いします。馬渕さんのことを世の中に知らない人がいるとは思えないんですけど、もしかしているかもしれないということで(笑)、まず、馬渕さんは、そもそもどういった研究をされているんですか?
馬渕: はい、分かりました。僕が研究しているのは、間葉系幹細胞っていう、体の中にある幹細胞の研究をしています。その細胞は傷が治るときにサポートしたりとかですね、病気の炎症を抑えたり、そういった皆さんが持っている、体の中にある幹細胞の1つです。
Sean: ありがとうございます。その研究は、ずっとそれを1つのテーマで研究されている感じですか?
馬渕: そうですね、中心にはそれがずっとあって、それに派生して新しい研究をしたりしてるんですけど、どこかでその間葉系幹細胞には必ずつながっている研究をしていると思います。
Sean: なるほど、ありがとうございます。私は馬渕さんと前からいろいろやり取りをさせていただいているので分かるんですけど、例えば、馬渕さんのことを知らない人から聞いて、馬渕さんの研究はここがすごいぞっていうところはどこだと思いますか?
馬渕: そうですね、間葉系幹細胞間のことでいうと、あまりみんなよく分かっていなかったときに、細胞を1つ1つ調べて、細胞にある表面のタンパクの種類をずっとスクリーニングして、間葉系幹細胞は、この2つのタンパクを同時に出している細胞だって発見したのが僕だっていう。そこが1つの研究の業績で、それを使うと、例えば細胞を分離する機械で1個ひょいっと取ってくると、1個の幹細胞が採れるっていう技術があって、何人か世界中にやってる人がいるんですけど、現時点だと僕がワールドレコードというか、一番効率がいい方法を開発したということで、特許もとっております。
Sean: すごいですね。じゃあ、(馬渕さんは)間葉系幹細胞のお父様でありながら、幹細胞を使って研究されている方が、馬渕 さんが作ったそのやり方で、幹細胞を採って研究される可能性が非常に大きいという解釈でいいんですよね。
馬渕: ぜひ皆さんに使っていただきたいなと思うんですけども、実際にもともと僕がお世話になった上司の方が、その技術を使ってのスタートアップをして、それは人の間葉系幹細胞を採る技術なんですけども、実際に今、医療応用しようとされているので、自分の技術が人を助けることができるんだなぁっていうところで、すごく楽しんでいるところです。
「治る傷」と「治らない傷」を分けるもの
Sean: 先生はその間葉系幹細胞、MSC(Mesenchymal Stem Cell)というものだと思うんですけど、あるいはiPS細胞を生かした再生医療とか、その疾患モデルの構造をテーマに研究されていると思うんですけど、今現在、研究のスピードでいろいろなものが変わってきていて、先生が特に注力されている研究について教えていただけると、ありがたいなと思います。スタートとしては、そもそもこの間葉系幹細胞って何でしたっけ?っていうところからスタートしてもいいかもしれないんですけど。
馬渕: 了解しました。僕が研究しているのは、幹細胞の研究なんですけれども、幹細胞っていうのは、皆さんの体の中にみんな持っている細胞なんですが、その中でもすごい能力が高い細胞なんですね。例えば、増殖をしたり、いろんなものに変化することができるんですけれども、そういった幹細胞を使った医療が、今すごいやられているんです。再生医療ってよく言われるんですけど。その再生医療に使う幹細胞の中でも、間葉系幹細胞っていうものを研究しています。この間葉系幹細胞っていうのは、例えば、ショーンがケガした時、何か勝手に治らない?あれはなんでかっていうと、この周りにある幹細胞が怪我したよって言って、そのシグナルを受け取って傷が治るということ。ただ、それを逆に考えれば、治らないという大きい傷の時に、この幹細胞を入れれば治ったりとか、治らない病気にもそういった幹細胞を移植することで治るかも。そんな研究をしています。
Sean: ありがとうございます。なんか、世の中に幹細胞って、そもそもどこから出てくるのかとか、まだ生まれてない赤ちゃんから取らないといけないのかとかいうような勘違いをしている人が多いんですけど、今のお話だと、体のあちこちに、自分の幹細胞があって、すごい力を持っているもので、怪我のときとかはいろいろ助けてくれているという解釈でいいということですよね。
馬渕: まさにその通りで、もちろん赤ちゃんに傷ができてもすぐ治っちゃうじゃないですか。あれは幹細胞が多いから治るし、跡が残らないんだけど、だんだん年取って怪我したのは、傷として残っちゃう。あれは幹細胞の能力の違いで、年を取ると(幹細胞の数が)ちょっとずつ少なくなる。ただ、割合は少なくなるんだけど、ちゃんと幹細胞が残っている。そういう感じですね。
Sean: パワーが減るっていうより、数がちょっと減るっていうことがあるっていうことですかね?
馬渕: 僕の研究の結果だとちょっと数が減る。年を取っても能力が高いのはそこにいると。ちょっとずつ能力は下がってるんだけど、(幹細胞は)ちゃんといるってことが分かっています。
Sean: なるほど。先ほどの話で、勝手に治る傷もあれば、大きな傷で治らないという話もあって、そこでなんで治る傷と治らない傷があるとか、その辺と幹細胞の関係性って何かあるんですか?
パワハラに強い細胞?
馬渕: 1つは、やっぱ年齢かもしれないですね。若い時は、例えば、その周りの血液の能力だったり、幹細胞だけじゃなくて、その周りの細胞との関係性もあるんですけど。組織が柔らかいから良くなったりとか、血液がいっぱいよく入るから治りやすい。結構、そういった違いがあるんです。で、最近、ちょっと細かい話になっちゃうんだけど、どういった細胞がそういった違いを起こしているのかというのを、ずっと僕が調べていたりしてるんですが、例えば、機械で分離して培養皿の中で確認したり、いろいろしてたりするんですけど。最近、意外と “パワハラ” に強い細胞があって。パワハラって言うとつまり、ストレスが強い細胞がそこにあって、それが一番能力が高いということが分かっています。まだ、細かいデータを今出しているなので、とれたての(研究結果の)ことなんですけども。例えば、普通は細胞が増えるような栄養がいっぱいある培養液で培養する方法が幹細胞の採り方なんですけど、めちゃめちゃ栄養が少ない状態、飢餓状態で培養して、それでも残るようなパワハラ耐性遺伝子を持った幹細胞は、むちゃくちゃ能力が高いということが分かってるので。
Sean: すごいですね。
馬渕: 僕もびっくりして、この話を武部(貴則)君とも話してたら、研究者もパワハラ耐性っていうかそういうストレスに強いやつが結局残っていて、最終的にはいい仕事するよねみたいな(笑)。だんだん、細胞から人へ・・・。。結局このパワハラ耐性って、いわゆるダーウィンの進化論の話で、決して生物って強いものが残るわけじゃなくて、環境に適応して残ったものが最終的には繁栄するんだって、そういったことを昔ダーウィンが言ってたんですけど、まさにその通りで、非常にきつい状態でも増え続ける幹細胞は、やっぱり能力が非常に高いんじゃないかな、ということで、さらに、研究者でもステラ(傑出した)ー・サイエンス、いろんな優秀な研究者を集めていると思うんですけど、多分みんなパワハラ耐性遺伝子を持ってるじゃないかなと思って(笑)。
Sean: すごく面白い。パワハラに強いということと、研究者がどれぐらいパワハラされているのかというのが聞きたくなるけど、多分、聞いちゃいけない内容になっちゃうから(笑)。その話に入る前に1個だけ確認したかったのが、幹細胞の中にパワハラに強いものと、パワハラにやられるものがあるっていう意味でいいんですよね?で、そのいろんな性質を持っている幹細胞がいるんですけど、このパワハラに強いものと、そうじゃないものの違いは何なのかというところが、これから研究でそれをより明確にしていく必要性があるっていう解釈でいいですか?
馬渕: まさにその通りです。もうすでに特許を取ったので大丈夫だと思うんですけど、やっぱり代謝が違うんですよね。年取ると代謝が悪くなるっていうのも、そのせいかもしれないけれども、その栄養をとって老廃物を出すといった代謝が、若いときはすごいくできている。だから、何か悪い認知とかストレスがきても、簡単にクリアにできる、捨てることができる。でも歳をとるとそういう循環があまりよくないから、そういった耐性が悪くなって、刺激があってもすぐ死んでしまったりとか、老化してしまったりとか、そういうことがあります。間葉系幹細胞以外でもいろいろ言われている理論なんですが、それが僕の研究でも、そうなんじゃないかなっていうことが最近分かってきました。
Sean: なるほど。そこで特許を取るっていうことで、将来的に代謝が強いものとか弱いものの区別をしたりすることで、薬に使ったりとか再生医療に使ったりするという可能性があるということですか?
馬渕: その可能性は十分あるし、昨今よく言われるのは、若い子はストレスに弱いとか、いい社員を集めるためにはどうすればいいですか?とかあるじゃないですか。そのときに、一旦ストレスシャワーじゃないですけど、ストレスをちょっと与えてみて、それでその反応によっていい人を人事の際に選んだりとか、もちろん、再生医療にとってもこの技術を使って治すこともできるけれども、例えば、ある薬を飲めばストレスに耐えられるような遺伝子が活性化すれば、「よし。これからちょっと怖い先生とディスカッションだ」っていう時に、ゴクっと飲んでそれに行けば、もう全然大丈夫だよっていうパワハラ耐性パワーを出せるっていうのができるかもしれないですよね。ちょっと今言い過ぎましたけどね。
Sean: いやいや。でも飲む防御ができるみたいな。
馬渕: 飲むプロテクターみたいな。
Sean: そうそう。
馬渕: フィジカルのプロテクターは服とか着たり、なんかやればいいんだけど、意外と精神のプロテクターってみんな持ってないから、それが言葉だったり、表情だったり、身振りだったりするんだけど、それをこう薬で「いや、全然大丈夫です」みたいな。そういった心のプロテクターを作る薬ができるかもしれません。
Sean: すごいですね。飲むと外の世界に対するストレスをプロテクトしてくれるようなものにはなるんですけど、もうすでに体内にある病気とか、体がうまくできていないところで、そういうものを治したりすることにもなるんですか?
馬渕: たぶんなると思います。その心のプロテクターっていう意味で言うと、頭がよくなればなるほど精神的な疾患を負う割合が高くなるとか、例えば、東大の人って何人に1人がそういった悩みを抱えているって話も聞くので、それって結構人間的にもマイナスなことなんですよね。細かく考えることとポジティブに考えるところって、なかなか共存しにくいんだけれども、そういうのを意図的に作ることができるとしたら、すごい夢のような、まあ、とんでもない国になるかもしれないですけど(笑)、なんかそういうアプローチも面白いんじゃないかなとは思います。まだ幹細胞のことが実際に精神にどうつながるかというのは、まだまだ道のりは長いとは思いますが。
若返りの可能性と、思わぬ課題
Sean: ちなみに、今話しているパワハラに強い細胞が間葉系幹細胞だと思うんですけど、体の幹細胞が全部、間葉系幹細胞にできるか、できないかとか、なんで全部の幹細胞がそういうものになってないのかとか、その辺りはいかがですか?
馬渕: 例えば僕の研究を体に応用するとすると、カロリー制限になると思うんですよね。カロリー制限って健康志向の人が結構やっていたりするんだけれども。例えば、16時間ごはんを食べずにいると、いわゆる代謝が活性化してヘルシーになると。そういった理論なんです。なので、それをサポートするデータなので、栄養ばっかりいっぱい摂るとやっぱり太ってしまうし、だったら代謝が活性化するようにある程度カロリーを下げて、いわゆる飢餓状態まではいかないけど、ファスティングをして運動すると若返るっていうのは、1つのすぐにでも我々ができるような体中の細胞を変える方法で。間葉系幹細胞だけじゃないんだけれども、そうやって変えるっていう。ちょうどこの間ISSCR(International Society for Stem Cell Research)が行われた香港でもそういった発表があって、体中の幹細胞がカロリー制限すると元気になりますよというのが科学的にもわかる。ただ一点だけ問題があるというのが、毛の細胞。毛の細胞は老化が進んじゃうみたいな話があったので。健康になるけど、毛の状態が悪くなるとか……そういうことかもしれないけれども。その全部が全部カロリー制限をすればいいというわけでもなさそうで。
オルガノイドがつなぐ食と健康
Sean: なるほど。健康か美か、どっちを選びますか?みたいな。なるほど、すごいですね。でもその間葉系幹細胞はパワハラに強いということもあって、例えば、栄養素のバランスでこれを強くさせるとかいうようなことが体内にはあるんですけど、先生の研究の中には、その間葉系幹細胞は他の体外の使い方とかも研究されていると思うんですけど、食肉オルガノイドとかに関係するかなと思うんですけど、それもすごい面白くて、その話もぜひ聞かせていただきたいなと思いました。
馬渕: ぜひ。繋がっています。オルガノイドっていう技術は、細胞をぎゅっと集める。そうすると今まで均一だった細胞の集団が、場所によってちょっと違う機能を持った塊ができる。そういった技術がオルガノイドです。なので、1つの塊で、いろんなあの能力を持っているんですけど、実はショーンが言った通りに、例えば、この外側にいる細胞と中側にいる細胞って、環境が実はちょっと違うんですよね。中側っていうのは酸素があんまりないし、あとは栄養も外に比べては少ないということで、実はその中側の細胞って早めに死んじゃったりすることもあるんだけど、研究者はそれをうまいこと生き延びる条件をいろいろ調べてるんだよね。だから、オルガノイドにすることによって、いわゆる飢餓状態の一部の細胞だけそれを再現してるっていう方法でもあって。で、その方法を使って、以前ショーンが興味を持ってくれた、食肉オルガノイド。元々間葉系幹細胞っていうもの自体が、骨や軟骨を治すためにいろいろ開発されてたんだけれども、脂肪にも分化する。間葉系っていうのは、、そういう組織を作る幹細胞なんだけど、脂肪になるっていうことは、じゃあ、ステーキから幹細胞を取り出して、それを増やしてオルガノイドを作れば、なんと、どんどんどんどん実験室の中でお肉が作れちゃうんじゃないかっていう発想のもとにあった培養肉というか。今の海外だと結構スタートアップとかできて、非常にアクティブな研究分野で、一部、僕も間葉系幹細胞を使って食肉オルガノイドを作りましたね。
Sean: すごいですよね。今は把握していないんですけど、本当に1年前とか2年前とかってすごい注目されていて、みんなが食べる肉を作るために、環境にはすごい悪影響がある。悪くなったりするところがあるとか、将来的に人間の人口が増えてちゃんと栄養素を提供できるのかというところを、もしかして、この培養肉で解決できるんじゃないかということがあったんですけど、結構なスピードで増えるから、いろいろ可能性があるんですよね、っていう話があったんですけど、やっぱりラボの中でそういうものを作ってて、「あ、これは何かあるかも」っていう実験とかあったりしましたか?
馬渕: いっぱいありますね。想像してみると、「じゃあショーン、ステーキと培養肉だったらどっち食べる?」って言ったらやっぱりステーキ食べるよね?
Sean: わかんない。馬渕さんがどれぐらい培養肉を美味しくしてくれるか次第かなぁ(笑)
馬渕: 実はね、食べた人いるんだけど味無いらしいんだよ!
Sean: 味がないんだ!
馬渕: そう。だから、味はまた違う要素が必要で、その筋肉とか間葉系幹細胞だけって味がしないらしい。
Sean: 味がしない。なるほど。
馬渕: ただね、その培養肉を食べるモチベーションが何かあるとしたら、そっち(培養肉)の方が栄養があるとか、付加価値があったらそっち食べると思うんですよね。だってみんな栄養があるかどうかわからないプロテインをバカバカ飲んでるじゃん?あれってやっぱり体にいいから。肉食べればいいんだけど、プロテイン食べるって、あれってやっぱり効率が良かったり、体に良かったりっていうことなんだけど。
僕のラボでやってたのは、脂身。脂身って体に必要ではあるけど、取りすぎるとあんまよくないっていうことなんだけど、魚の脂と牛の脂では、牛の脂はあんま良くなくて、魚のDHAとかEPAとか、ああいうのはいい油だよとかよく言われたりするんだけど、僕の研究室で作ったのは、肉の塊なのに魚の油が摂れるような、そういったスーパーオルガノイドを作ってて。体に必要な油がこの食肉ボールでとれるっていうので。ヴィーガンの人たちっていうのはやっぱりお肉を食べないし、魚も食べないから、どうしても生命生活に必要な油を摂らなきゃいけないって、やっぱりその信念で摂らない。ただ、培養肉でそれが摂れるんだったら、別に動物を殺しているわけでもないし、だからそういう人たちが食べるモチベーションの1つになってくれるんじゃないかな?ということで、新しい栄養素をそこに入れるというようなアプローチをしていたんです。
「面白い」と「役に立つ」のバランスから生まれる発想
Sean: 面白いね、なんかそういう話を聞くと、研究者じゃない人たちがその研究のことをイメージをしようとすると、幹細胞が面白くて、間葉系幹細胞のことを知りたいと思って研究してるっていうアプローチもあれば、何か世の中に課題があって、もしかしてこういう問題を解決できるかもっていう深く理解するということと、その深く理解したものは、どういうものを選ぶのかとか、最終的にどう使われるのか、何か社会課題を解決とか、複数のアプローチがあるんですけど、この違いは何なのか。多分、馬渕さんはどっちとかじゃないかもしれないけど、どっちを選ぶのかとか、何かその辺気になりました。
馬渕: いや、それは昨今すごく重要なことであって。というのは、研究者って考えると、ショーンが最初に言った、好きなもの興味あるものを深く考えるっていう、これ、非常に重要な研究なんです。僕でいうと間葉系幹細胞っていうのがその研究なんだけど、でも、それって僕は楽しいし面白いって思ってるけど、役に立つのって実は怪我をした患者さんだけなんですね。例えばショーンが怪我しなかったら、「間葉系幹細胞は僕には関係ないかな」と一般的な人は思うかなと。でも、食肉って「あっ、関係あるかも」ってショーンも思う(よね)?やっぱり、食肉系幹細胞をやったときに、めちゃめちゃプレゼンでもウケて、いろんな人が興味を持ってくれたの。「僕もともとは間葉系幹細胞あの研究者なんだけど…」って言うけど、「そっち(間葉系幹細胞)は大丈夫。あの、医療に使えるんだよね。いやいや、(ところで)食肉ではさ…!」みたいな話になっていて(笑)、そうやって考えると、学問としては、患者を治すためにっていうものも必要なんだけれども、それだけじゃ万人の賛同というか、注目を得られない。注目を得られないと研究費が得られない。そして研究ができなくなるっていうことで。ショーンが言ってたそのバランスっていうのは意外と重要。偏っちゃったらあんまりよくないとは思うんだけれども、みんなが関係ありそうな分野で、「将来みんなの役に立ちますよ」っていう研究と、あとは本当に必要な人、患者さんのためにやる研究っていうのを両方用意しておくと、昨今の研究者としては非常にやりやすくはなるのかなと思います。
Sean: どうですか?行ったり来たりすることによって何か違う視野を持って研究を考えるから、お互いに何か良い影響がありそうな印象を受けるんですけど、その辺はいかがですか?
馬渕: 僕もすごい良い影響を受けました。事の発端は、僕はずっと間葉系幹細胞をやって、それが脂肪になるよっていう研究をしていたところで、それこそ武部君の一言だったかもしれないけれども、「この間葉系幹細胞でミートボールを作ったら、自由にサシ(霜降り)を入れられるんじゃないの?」って言って、武部君は肝臓のオルガノイド(なので、)そうすると、いわゆるレバーをいっぱい作れるよねとか、じゃあ、ガチョウから脂肪肝を作ればフォアグラを作れるよねみたいな感じで(笑)。どんどん考え方が、今までは患者にしか使えなかったものが、どんどん脳みそがやわらかくなる体験を両方やることによって受けました。
Sean: 面白いですよね。答えようとしているものによって見ないといけないポイントがあるんだけど、そのプロセスの中から学びがあって、全然違う系統である研究がこっちにもポジティブな何かがあるっていう、すごく面白いなと思いました。
馬渕: さっきの話で言い忘れたのが、ヒトの幹細胞の実験って、その細胞を増やす栄養がFBSといって牛の血清を使って増やしたりするんだけれども、牛の血清を使った細胞を人に移植してはいけないというのでみんな牛の血清を使わないようにしている。そういった実験系だったんだけど、逆に食肉の方になると、いや、それ自体牛だから牛の血清が入っていても全く問題ないよねっていう、その実験自体が全く考え方が違ったので、考えが180度な変わりましたね。同じ作業、同じ間葉系幹細胞を分離して培養するっていう作業でも使う脳みそが違うぐらい、気分転換になりました。
“壁と共に在りぬ”研究者生活
Sean: それが2つのやり方をお互いから学び合って、仕様はちょっと変わってっていうところがあったかと思うんですけど、逆に完全に新しい研究とか新しい技術を使って、新しいものを作ろうとする時に難しいこととか、なかなか乗り越えられない障壁が出たりすることがあると思うんですけど、最近の研究で、「あ、ここが難しい」とか「ここがなかなか乗り越えられないな」という、今のご自身の研究の中で一番チャレンジになっているところはどこですか?
馬渕: やはり研究っていろいろな壁を乗り越えてずっと進んでいて、僕が学生の時できなかったことが、今では本当に簡単にできてしまうんですね。それの根底にあるのは、新しい技術というか、機械が重要だったりしていて。例えば僕が学生のときに考えたのが、幹細胞というのは、1つあったとしたらまずは2つに分裂する、その後4つに分割するって言ってるんだけど、それをどのくらいの人が見てどのくらいの人が確認したかって、実はちゃんとなっていないので、それをずっと顕微鏡で我々が見ているわけにはいかないんだけれども、今の技術だと、インキュベーターという細胞を培養する中にカメラがあって、さらには、この1つの細胞が2つに分裂するとちゃんと機械が認識して、「これはもともと1つだったよ。」で、今度4つになっても「これがもともと全部同じ1つから増えたよ」っていうのを勝手にレコーディングしてくれるっていう技術があって。そうすると寝てても「あっ、今ここに1,000個あるけど4つの幹細胞から増えて1,000ができたんだな」っていうのがわかる。そうすると、幹細胞がどういうふうに分裂するかとか、どういった振る舞いをするかっていうのが動画のように記録できるっていうのは、僕がやっていた20年くらい前の時は、1個ずつ針で分けようかなとか、何かの印をつけようかなとかいろいろ考えてたんだけども、そんなことをする必要はなくてもその機械を使えば(今はできてしまう)。やっぱりそういうときに新しいブレークスルーが起こるので、ちょっと思うのは、いろいろ壁にぶつかった時にどうしますかというときに、いろいろやって疲れちゃって諦めるっていうよりは、ちょっと立ち止まって考える余裕もあってもいいかなって個人的には思っていて、本当にできないのか、実は10年経ったら意外と簡単だったりするんだったら、今無理やりやらなくてもいいかなとか、そういった “ゆるく研究する” っていうのも醍醐味の1つかなと、個人的には。
Sean: 技術の進化と共にベストなタイミングを見つけて、今の技術を持っているからこそできることと、これもやりたいんだけどちょっとそれを保管して、進化が来たらそのカードを出してやってみるというような。自分の研究だけじゃなくて、技術の進歩とか、その進化を見て合わせてやるっていうような考え方(ですね)。
馬渕: そうそう。人にもよるんだけれども、うまくいかない壁って1つで表現しそうだけど、僕の場合はさまざまな段階になっていて、壁がいっぱいあって、壁を持ったまま生活をしている。これがストレス耐性に関わるのかもしれないけれども、壁があるからもうやめるんじゃなくて、壁と一緒に動いて生活してるんですね。ある時新しい技術があったときに、「あ、この壁と乗り越えるじゃん」って、ポンと乗り越えて、「この壁を乗り越えるってことは、この壁裏からいけんじゃん!」ってなりながら、そうするとまた壁があって、また壁と共に(生活している)。『壁とともに在りぬ』じゃないけど(笑)、壁と一緒に生活するっていう感覚は、研究者にとっては重要なのかもしれないですね。
Sean: すごいですね。ある意味で鈍感力っていうか、行けないところがあって辞めるっていうことじゃなくて、その制限と付き合ってともに動くとかいうところが、確かにストレス耐性っていうか、パワハラじゃないんですけど、そういうような耐えられないものに負けない精神を持ったりして進むというのは、結構面白い。
馬渕: パワハラっていうと、なんとなく悪い気がしちゃうけれども、ストレスに慣れるというかストレスと共に、一緒に生きていくっていう感覚はいろんなことに適応しやすくなるし、その壁を常に持っていることで、諦めちゃうともう無視になっちゃうんだけど、新しい技術もやってみようかなって動けるので、非常に技術に敏感になるのでおすすめです。
宇宙医療:無重力から生まれる可能性
Sean: 先ほどの話で、幹細胞も面白くて知りたいということと、世の中の課題を解決する両方を持つ、そのバランスが大事というお話があったかなと思うんですけど。それを含めて、次の5年なのか3年なのかあると思うんですけど、チャレンジしていきたいこととか、次にこういうところをターゲットしていきたいとか、何かありますか?
馬渕: あるある。いっぱいあるけど、そうですね。一番ホットなのは宇宙かな。ちょうどプロジェクトもやっていることもあって、やっぱり宇宙ってみんな知らないことだし、何やっても新しい発見だよね。
Sean: はい。
馬渕: ちょうど今、企業と藤田医科大学とスタートアップということで、間葉系幹細胞をポンと宇宙に上げて培養してみるとどうなるのか。間葉系幹細胞がいわゆる無重力状態になるとどうなるのかとか、逆に言うと無重力だから、360度全部細胞を培養できる、すごいいい効率で培養できるんじゃないかなっていうので、地上で絶対できないような解析が宇宙でできるんじゃないかなということで、ちょっとワクワクしながら今一緒にやっています。
Sean: すごいですね。でもそれは、人類が将来的に宇宙にいるかもしれないっていう話もあれば、全然違う環境で、重力のある状態でできないことが可能になっちゃうかもしれないから、それを地球に持って帰って使う技術もあるかもしれないという。
馬渕: これはね、ショーンを将来宇宙に打ち上げるために今研究している(笑)。
Sean: そう言うこと?私が?行かないといけないんですか?(笑)
馬渕: 実際に考えられるのは、例えばだけど、重力による病気っていうのは結構あって、年を取ると足が痛くなるのってその典型例なんですよね。いわゆる足の膝とかでは、その時に地上で間葉系幹細胞を打った場合、地上の重力を持ったまま移植されるし、維持されるので、どうしてもよくない場合もあるので、例えば足をけがした人は、1か月宇宙旅行に行ってくださいって、宇宙旅行に行けば、もうあのストレスがない状態で、そこに幹細胞を打てば、満遍なく細胞を移植することができて、じゃあ帰ってきた時には、「歩ける!全然楽!」みたいな。そういった新しい宇宙医療みたいなのができると、足だけじゃなくていろんなところに、地上では幹細胞がちゃんと届かないところまで届かすことができる、そういうことができたりするかもしれないという意味では、(可能性は)無限大。
Sean: すごい、ええ、宇宙医療ってめっちゃすごいですね。
馬渕: 宇宙、すごいよね。
Sean: 人によるけど、宇宙のイメージってめっちゃ怖い、何もない、どうされるのか分かんないみたいなところがあるんだけど、逆にそういう環境だからこそ、地球でできない医療を可能にしてくれるって、なんか自分にとってすごい新しい発想でめちゃウキウキしちゃった。それを聞いて。
馬渕: いいよね。結構研究されていて、宇宙生物学みたいな感じで、そういった学会があるぐらいで。みんな宇宙の話をしている学会があって、すごい面白い人が、例えば、宇宙空間で癌ってどういうふうに発生するのか?というのを研究していたり、もしかしたら、発生が遅かったら、それはさっきの話みたいに進行をゆっくりした状態で治すことができたり、薬の効き方が、体だと重力があるから薬も広がるんだけど、打ったらそこに薬がとどまるからむちゃくちゃよく効いたりとかね。広がらずに。そういった研究をしている人がいたりとか、あとはさっきの食肉の話に戻っちゃうけど、やっぱり宇宙での食べ物ってすごい困るから、でも宇宙って日光はあるじゃん、だから、藻って水と日光があればどんどんどん、ばーっと増えるから、その技術を使って、藻の成分を肉の細胞にどんどん増やしたりとか、そういった研究をしている人がいて、「あ、これはそろそろ宇宙で過ごせるんじゃない」っていう。そういった世界が、やってる人はいっぱいやっていますね。
Sean: 次世代の医療っていうのは、どうしても体の中のイメージがメインなんですけど、こっちの理解を深くするんじゃなくて、宇宙に行けばいろいろ可能になるっていうのが結構面白いな。ありがとうございます。
馬渕さんをゲストにお迎えしてお届けしているエピソードの前編は、ここまで。
いかがだったでしょうか?
後編では、馬渕さんが一番面白いと思う研究から研究にかける熱い思いまで深く探っていきたいと思いますので、後編もぜひチェックしてみてください。
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