Stellar Lab Radio 第1回 ゲスト:武部 貴則さん
iPS細胞から臓器を作る。そんな未来の医療を、現実のものにしようとしている研究者がいます。今回のStellar Lab Radioでは、世界に先駆けて“ミニ肝臓”の開発に成功し、オルガノイド研究をリードする武部 貴則さんをお迎えしました。
Stellar Lab Radioは、「まだ誰も知らない、世界を変える研究」に光を当てるトーク番組。世界レベルで活躍するトップ研究者たちが、最先端の研究やブレイクスルーの裏側、そして未来へのビジョンを語ります。
日本人ならではの緻密なアプローチがいかに最先端科学と融合しているのか、そして、研究者として独自の道を切り拓いてきた武部さんの原点や哲学とは?前編では、研究のルーツから日本の科学文化、そしてAI時代における独自性の意義まで、縦横無尽に語っていただきました。
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Sean:記念すべき第1回目のゲストは、大阪大学東京科学大学教授 武部貴則さん。世界で初めてiPS細胞からミニ肝臓の作製に成功し、最年少31歳で2つの大学の教授に就任。 以降、日米6つの拠点でラボを率いながら、肝細胞オルガノイド研究の最前線を走り続けてきた日本が世界に誇る研究者の1人です。 今回の前編では、なぜミニ肝臓の研究に取り組むことになったのかという原点に迫るとともに、グローバルな研究環境の中で光る日本人研究者ならではのアプローチや、ユニークネスに注目。 未来の医療につながる研究の現在地をたっぷりと伺っていきます。

「ミニ肝臓」の原点にある、医師としての夢
Sean: まずは、いろんな話を聞かせていただきたいと思ってるんですけど、研究内容からスタートできると、すごくいいなというふうに思っていて、結構、いろんな面白い研究をされているということで、多分武部先生の話が出てくると、まず皆さんが思い浮かぶのが、ミニ肝臓っていう話だと思うんですけど、まずそこからスタートしたくて、ミニっていうところっていうと、普通の肝臓というか、臓器と何が違うのかっていうことをまず聞きたいなと思って。
武部さん(以下、武部): 僕が研究している臓器は、主に肝臓っていう臓器なんですね。 僕はもともとお医者さんになりたいなと思った理由は、肝臓移植っていう手術をできる外科の先生になりたかったんですよね。 ただ、学部の医学部の学生中に、移植を勉強したいので、移植って日本で実は件数が少なかったりとか、手術する機会がかなり限られちゃうんですよ。
Sean: そうなんだ。
武部: 海外と比べて海外と比べて全然数が少ないから、移植のトレーニングを受けようと思ったら、アメリカに行くとか海外に行くっていうのが結構よくあるパターンで僕も留学したんですよ。
そこで出会った患者さんが、アメリカのニューヨークで出会ったんですけど、1人目の僕が担当した患者さんが日本人だったんですよ。偶然。しかも岐阜県に住んでいる方が日本を去ってアメリカに来て移植を待っていた方っていうのが、最初に診た患者さんだったんですね。 結果的にその人は肝臓移植をそこで受けて、日本にしかも帰って、今でも元気にしてて、もう普通の人に戻ってるんですけど。事実上ね、日本だともう治療できませんって言われちゃった方だったんですよね。
Sean: なるほど。
武部: 移植がもう全然数が日本は少ないし、その方がもう本当に奇跡的にアメリカで、ものすごいお金もかかかったでしょうし、体調もね、すごいアメリカに行くってすごい大変なことなので、ギリギリなんとか上手に治療ができたんですけど、でも裏を返してみると、そういう人はなかなか日本じゃ助けられないなぁっていうことも、すごくびっくりだったしね。
アメリカでも当然同じように待ってる方っていうのは、たくさんいて、ほとんどのケースではそういう人、助けられないんですよ。 っていうのを見た時に、あれ、外科の先生って治してるって思っていて、それに憧れてたのに、実は選んで治しているっていう感じで、ちょっとね、そこにすごいびっくりしちゃったところがあって。
同じ頃にですね、山中伸弥先生っていう方が、iPS細胞という発見をしたこともすごく話題になってて、他のアプローチも、もしかしたらありえるかもと思って始めたのが、iPS細胞の研究で、それが後にミニ肝臓とかミニ臓器っていう研究に発展しました。
Sean: ちょっとだけ遡ってお聞きしたいんですけど、そもそもその移植を自分でしたいとかやりたいとか、なんでそういう憧れになっていたんですか?
武部: 移植っていうのは、今ある既存の医学の治療の方法の中で、一番かつ最も有効な方法であるっていうのは、すごい、いろいろ勉強してたんですよ。つまり普通の風邪とかって、自分で治しているわけではなく、解熱剤とかで、ちょっと対処しているんだけれども、根本治してないんですよ。 で、今ある医療の治療法って、全部がそういう根本を治せない対症療法っていう、そういうものがいま基本的なアプローチなんですけど、移植だけは違う。完全に治すっていうことができる。 唯一のという意味で、本当の意味での、お医者さんとしてやっているというか、やってみたいことに近いなと思ったのがひとつ。
もうひとつは、僕がちっちゃい時に、ちっちゃい時って言っても中高生なんですけど、すっごい仲良かった後輩の、お父さんがね、生体肝臓移植を受けて亡くなってるんですよ。結構それが自分にとってものすごい近い方だったんで。こういう人を日本だと助けられないんだっていうところがあって。僕は海外に出て、絶対やろうっていう風に決めてたんですよね。中高時代ですかね。肝臓移植やりたいなと思ったのは。
「研究は未来じゃない、今を救うもの」
武部:シリアスな話になっちゃったけど。
Sean: でもすごい面白くて、要するにまあ、多分、これがコミュニケーションデザインなのかデザインなのかとか、関係するところがあるかと思うんですけど、そういうような世の中にこういうような課題があって解決したいと思って、さらに医者としてやり方とかを勉強して、「このままでは足りない」っていうか、日本で治療を受けられない人がたくさんいそうなので、何か違うものがないかっていう。
そこから、医者という道から、研究の道にこうガラッと変えたのか、iPS細胞の話があって、もしかしてこれがあるって(気づいた)時点で、もう研究者になろうと思ってたのか?
武部: 僕は研究のけの字も本当に知らなかったんです、医学部に入学したときは。
1年、2年とかって学部の勉強していくと、もうみんな言うことが同じで。この病気は診断はできても治せません。 とか、この病気は治療のターゲットは見つかってるけど、お薬にはなってませんとか。さらに言うと、難しい病気を診断したら、もうこれは何もできないので、あとは転院してもらいます。 退院してもらいますみたいなこととかね。 すごいそういうのいっぱいあるんですよ。そういうのに対して研究っていうのは、希望を与えるだけじゃないっていうことを学生時代に僕、ちょっと何個か直面してて。
例えばあの神経内科っていう領域があるんですけど、神経が徐々に働かなくなってしまって、例えば呼吸ができなくなって、どうしてもお亡くなりになっちゃう方とかっているんですよね。そういう方を1人僕も見てたんですよ。名前も覚えてて、(僕が)診てたおばあちゃんがいて。いろいろこう調べても治療法ないなぁっていう感じで。いわゆる先生たちもまあ、この方はこういう診断がつきました。 だから転院してもらいます。まぁ、つまり何もしません、と。ベストサポーティブケア、(BSC)とかって言うんですけどね。すごい悔しくて、すごい。
僕も仲良くなったおばあちゃんだったらいろいろ調べたら、ちょうどその僕が担当する1週間前に、しかも日本のチームが治験っていう形で、その病気に対して薬がテストされ始めましたっていうのがNature Medicineっていう、すごい有名な科学雑誌に出ていて、有効かもしれないと。これまで薬になかったやつが有効かもしれないっていうのを、国立精神・神経医療センターというところが出したんですよ。で、これはもしかしたらなあと思って、神経内科の先生たちに、ちょっと退院の前に、「待ってください。これ見てください」って、回したら、まあ、最初はあの「えっ、なんで学生がそんなこと言うの?」みたいな感じだったんです。本当に自分は何もできない人だったんで。だけど、神経内科の教授がすごくそれを前向きに拾ってくれて、結果、治験にエントリーしたんですよね。
もちろん、完璧な治療にはならなかったかもしれない。その後は全く追えてないから分かんないけど。でも、サイエンスが具体的に意味のある形で、今何もできない患者さんにソリューションを提供できるかもっていうのをすごい感じたんですよね。 だから、サイエンスっていうと、百年後の患者さんのためになりますみたいな空気感がそれまではあったんだけど。でも、今日のサイエンスが本当に近い明日とか本当に数年っていう単位で、役に立つかもっていうのをすごく強く感じたんですね。
それで、これだったら、ちょっとしばらくやってもいいかなと思ったんですよね。でも3年でやめようと思ってましたけどね(笑)。 3年間やってその医者、後はもう医者に戻ろうと思ってました。
Sean: でも、結局抜けられなかったっていうことですよね。
軟骨研究からの転機と、ミニ肝臓への道
武部: それでミニ肝臓のところに戻るんですが、山中先生のiPS細胞が当時話題になっていて、それでなんかあるかもしれないというところで、そのあとは、「iPS × 肝臓」みたいなところを試してみようと思って。
僕自身は実は学生時代から、研究っていうのは本当に知らなかったから、それを体験してみようと思ったんですよ。それで、いろいろ紆余曲折あって研究に行ったんだけど、最初、肝臓やりたいですって言ったらダメって言われたんですね(笑)。
Sean: そうなの?
武部: そう言われた(笑)。 まあ、当時なんか髪とか染めてたし、ちょっとなんかこう不真面目そうな空気も出してたからかもしれないけど。お前みたいなやつに、そんな花形の肝臓研究やらせられないよみたいな。
それで、今空いてるテーマで、学生が誰もついてこなかったのは軟骨だって言われて。
軟骨ってね、飲み会とかで食ってるじゃん!みたいな(笑)。再生する必要があるんですか? みたいな。それぐらいのナイーブさだったんだけど、軟骨だったら誰もやりたがらない。研究室は肝臓で知られている研究室だったし、軟骨は誰もやらない。しかも、メインで指導する先生は神奈川子ども医療センターってとこで部長してる。つまり、離れてるんだから指導者もいない。だけど、それだったらいいよって言われたんです。
それでね、やだなあとも思いつつも、でもそんなもんかと思ってやってみようと思って。それをね、4年、5年ぐらいやったんですよ。それが僕にとって一番ライフチェンジだったというか、いきなりやりたいことをやらなかったのがすごいよくって。 フォーマットみたいな研究の流儀とか流派みたいなものを、隣で肝臓ですごいしっかりやっているメソッドをそのまま転用して、流入させて自分がやれば、それなりの成果が誰もやっていない領域だったら、出せるんだっていうことに気づいたんですよね。
なんでまあ、そこが僕の研究のルーツで。そこでそれなりにメソッドが確立したんで、ちょうどその時に医学部卒業だったんで、卒業したタイミングで本当にずっとやりたかった「iPS細胞 × 肝臓」というテーマに入らせてもらって、そこから、実はミニ肝臓の発見に至ったという経緯が。2年ぐらい経って出てきたって感じです。
Sean: なるほど、なるほど。ちなみにそのミニ肝臓と普通の肝臓の違いって・・・?
武部: そうだよね。質問そこだったね(笑)。
完全にそこを無視して、僕は自分のルーツの話をし始めて……。ミニ肝臓と肝臓の違いなんですか?っていう一番最初の質問にもう一回答えさせてください。これ、結構難しい質問だなと思って考える時間を作るために、話をそらしたんですけども(笑)。
臓器っていうのはね、すごく体の中で大きいじゃないですか。肝臓なんて体の中で一番大きい。僕らはiPS細胞っていうのを使ってるんですけど、iPS細胞って受精卵、赤ちゃんなんですよね。1個の細胞が10カ月かけて30兆個の数の細胞に分裂しながら変化しながら、腸のミニチュア版ができるわけですよ。僕らが今再現できるその10カ月、妊娠期間、あるいはもうその後の成長の過程っていうのは、当然そんなに10カ月も何十年も培養ってできないので。まあ、わずか数カ月とか長くても数カ月とか。 一番我々がよくやってるのは1ヶ月とかなんです。なので、人間まるまる育てるみたいなことまでは当然いかなくて。そういう意味でミニチュアって表現してるのは、本当にちっちゃい臓器のことを指していて、例えば肝臓でいうと肝臓の中の肝細胞っていうのを向きとかを再現した状態で。でもフルの大きな何10キロもある肝臓ではなくて、わずか数百ミクロン1ミリの1/10とかの半分ぐらい。それぐらいの大きさの肝臓を作るみたいなことが、いろんな臓器でできますよっていうことを2010年前後ぐらいから、私たち含めて世界の人たちがやり始めて。
私たちはまあ、肝臓っていう領域で、1ミリの1/10ぐらいの肝臓を綺麗に作れますよ。そしてそれを例えば、病気の動物に植えてあげると治療ができるとか、あるいは病気を人工的にそのミニ臓器で再現してあげることで、こんな大きな人間の肝臓の病気とかに、非常に近い状況をシャーレ上で再現できるとか。 そういう形でミニ臓器っていうのを移植したり、病気のモデルみたいにして使うことができるっていうことをやっていますね。
日本人研究者の強み
Sean: ちなみにミニ肝臓を作れるっていうのが、他の臓器を作るのと、どれぐらいそのやり方とかプロセスが違うものですか?
武部: すごくいい質問なんですけど、実は、僕らが受精卵からさっき言ったように、妊娠期間の間ほっといても1個の受精卵が何回も分裂したり、形を変えながら臓器になるわけじゃないですか。 だから、自律性っていうのをどう引き出すかっていうのを僕らは考えてます。
その時にいくつか鍵になるような方向付けみたいなのが必要なんですよ。 例えば人間も「人生の中であの師匠についてたから俺良かった」とか、」あの先生がいたから今の僕がある」とか、そういうのあるでしょう? そういう感じの小学校の時のキーマンとか、幼稚園の時のキーマンみたいな、そういう、いくつかのトリガーになるような刺激っていうのはあるんですよ。 それが実はそんな多くないです。5個とか6個ぐらい。なので、人間の成長じゃないですけど、各ステージごとのタイミングで必要な選択肢、そういうのをいくつか刺激として与えるっていうことをやってます。
ただし、5個とか6個ぐらいしかパラメーターはないんだけれども、強度の強さとか、組み合わせの問題があるんですね。そこが結構膨大になるんで、しかも答えが結構ない状況だったりするんですよ。 実はここに日本の強みがあるっていうのは、今からお話をするんですけど。
もう膨大な組み合わせで、複雑でトライエラーを繰り返しながら、でも完全ロジックじゃないみたいなところをこうエンピリカルっていうんですけど、経験的にいろいろ組みながらやっていくみたいな作業が結構大変なので、実はいろんな臓器のオルガノイドってできているんですけど、ほとんどを日本人の研究者が主として作ってます。 例えばまあ、世界で一番最初のオルガノイドの研究は脳なんですけど、神戸にある理化学研究所のチームが作ったし、その後、腸のオルガノイドというのが出てくるんですけど、それはオランダに留学してた日本の佐藤先生っていう方が作ったもので、腎臓はオーストラリアにいた日本人の研究者が作って今、理研に戻ってきてたり。同じタイミングで、熊本の先生が腎臓を作ったり。ほとんどの臓器作りは日本で始まってます。
Sean: それが日本らしい研究なのはなぜなんですかね。日本人が持っている価値観?何が日本人だからこそできるっていうポイントなんだろう。
武部: これはまあ、忍耐力となんだろうね。パーフェクショニズムっていうか、すごい細かなところまで結構調整したりするし、すごく丁寧にこうオプティマイズしていくんですよ。決められたプロトコルに沿って、ざっとやるとか決められた指示書に沿ってやるのは海外の方でも結構できたりするんですけど。標準化する前の手前では、例えばちょっとaという薬について、9/10の濃度にしてみようとかね。そういう細かな調整とか、しかも膨大な量をこなすとかって、あんまりやらないんですよね。 しかもその本当に細かな変化っていうのが大事になるケースが多くて。
例えばシャーレ状の中でね、ミニ臓器って言ったら何十個も何百個もできるわけですよ。僕らがaという条件とbという条件で、どっちがいいかと考えるときって、めちゃくちゃ観察しなきゃいけないんですね。100個ある中のうちの1個だったのが10個になりました、みたいなのが重要だったりするんですよ。そういう差で、このaとbの組み合わせなら、こっちの方がいいんだって判断しながらやるわけなんですけど、そういうディテールにめちゃくちゃこだわりながらやるって、やっぱりあんまり海外の人たちは得意ではないんだか、いや、日本人が異様に得意っていうのがあって、ほとんど日本人ですかね。これ、ほんと不思議ですよね。韓国とかアジアの方々もね、同じようにすごく頑張られてると思うんですけど。
Sean: ですよね。 面白いですね。 私はアメリカ人で日本20年ぐらい暮らしてて日本大好きだからこそ、やっぱり日本は、文化的に人的にすごい特別な部分がたくさんあって、尊敬できるところがたくさんあって面白いと思っているのですが、それが研究とか科学だったら、さらにおっしゃられたように、固定のプロセスをみんながすごいきっちりやるから、文化によって、違いが生まれてくるっていう認識があまりなかったんですけど、それがあるっていうのがすごく面白いなと思って。
武部: 先週お話をして面白いなと思ったのは、アメリカの方が日本に来て、もうめちゃくちゃ感動したって、すごい言われて。まあよく言われるんですよね、こう新幹線ですごい感動したとかは。早くて音が小さいとか、いろいろこう言われるんだけど、今回感動したって言われた理由が、駅でコーヒーをバサってこぼした人がいて、その人が完璧にそれを自分でわざわざ自分で拭き取ってゴミに捨てたみたいなことにめちゃくちゃ感動して、「これは日本のパーフェクショニズムだ!」みたいな言ってる人がいて(笑)。
それ、当たり前じゃない?自分でこぼしたんだから、みたいな感じなんだけど、なんていうか、本当に細かいところまで、細かくもないか、それ(笑)。
とりあえず、自分で最後までちゃんとやり切るみたいな。当たり前の感覚なんだけど。でも、そういうのってあんまりないのかな。ものづくりが上手な理由っていうのはこれかもな、とか。
日本的完璧主義とコラボレーションの課題
Sean: なるほどなるほど。でもそれを言うとひとつ面白いなと思うのが、日本人らしい研究とか、こういうような最先端のエリアで、日本人がものすごく強いとか、実は日本人がリードしてるっていうところがあるんですけど、多分グローバルで見ると日本から生まれてくるすごい新しい発見とか、トップレベルのジャーナルの投稿数っていうものが、10年前と比べてちょっと下がっているっていう現象があるっていう風に聞いたことがあるんですけど。
武部: なんだろう、まずやっぱりサイエンスのやり方自体が結構変わってるっていうのはあると思うんですよ。つまり、昔は別にすごいちっちゃいチームで、まったく新しいことさえやれば、すごいトップジャーナルと呼ばれる雑誌に出せる、みたいな時代があったんですけど、今ってコラボレーションが必須の領域ばっかりになってるんですよ。
だから日本人ってもともとコラボレーションがそんなに得意じゃないし、言語的にちょっと不全状態なんで、海外の人たちと対等にそのコラボレーションをオーガナイズするの、すごく難しかったりとかするんですよね。でも、アメリカとかヨーロッパっても、基本コラボレーションが前提だから、自分のできる範囲っていうのはある程度理解した上で、それ以外っていうのはほぼほぼ人に任せちゃうんですよね。だから早いんですよ。 でも日本にいると全部自分でやるっていう感覚を皆さん持たれているから、まず人よりも時間がかかるし。場合によっては、自分のケイパビリティに入ってないものまでやってしまうと、それが評価のプロセスで落ちちゃったりするんで、サイエンスのやり方自体が変化しているのに、追いつけていないっていうのは、まずひとつあると思います。
Sean: それは面白くて、日本人はコラボレーションがそんなに上手じゃないという風におっしゃられたと思うんですけど、日本で、社会としては、すごいお互いをケアする。例えば、先ほど、こぼしたコーヒーを自分がしっかりやるっていうところで、結構コラボレーションが上手そうっていうか、お互い支援し合うみたいな心が生まれるカルチャーがあるとも思うんですけど。
武部さん: 例えば、研究室の中とかを見てると、すごく如実に感じるんですけども、研究っていうのは基本的に、とはいえ、最初の特に初期の頃って中身を作るのは個人なんですよ。つまり、「個」の人がすごい面白いことを提案したり、新しいことをつかみかけたら、そこからコラボレーションっていうのがまずスタートするんですよ。 そうすると、個の力っていうのが非常に大事になるんですけど、もう日本の方って、割とその自分よりも他人が自分と比べてやってる、やってないみたいなことをすごい気にするんですよ。そうすると、個として自分がやろうとしていることが、他の人たちから認められなきゃいけないとか、あるいは、逆に他の人がやってることが認められるのかられないのかとか、そういうことをすごく気にしちゃったりするんです。
実はコラボレーションといった時に、個と個のぶつかりってなるときに、どうしても同じようでなければいけないとか、あるいはあの人ができてるんだったら、私もこれぐらいできなきゃいけない、みたいな風になっちゃって、任せるみたいなこととか、人に頼る、この人は違うことをやってくれるみたいな、そういうね、メリハリをつけないんですよ。
だから、コラボレーションが苦手というよりは、コラボレーションという道を選ばないんですかね。うちのラボとか見てて。
Sean: 武部先生はどうコラボレーションを選んできたんですか?
武部: 僕はね、さっき、ちょっとお話をしたんですけど、学生時代にやったテーマが軟骨ですと。周りに肝臓はやってる人いたけど、軟骨やってる人はまずいなかったんですよ。しかも直接のボスは神奈川県立こども医療センターにいるから会えない。そして、自分も普通に医学生としての授業とかは取り組みもあるから、研究をやれるのはアフター6ぐらい。そうすると、誰もいない。もうどうやってもコラボレーションしかないんです。 選択肢が。
この実験は、先輩にちょっと一部教えてもらいながら、あるいは一部やってもらったりとかして。もう平謝りしながら「すみません、ちょっと医学生で何も分からないんで」みたいな感じで。ちょっとずつお願いする感じで。論文とかも他の医局、他の教室の先生とかに見てもらいながら、「これってどう思いますか?学生なんで、ちょっとうちのボスだけじゃなくて、いろんな先生に見てほしくて」とかって行くんですね。いろんなところに触手を伸ばして。そういう感じで、実は学生時代にやった仕事をまとめたんですよ。
最初からコラボレーションしかしてなかったんです。逆に言うと、自分は直接手を動かす時間、ものすごく短かったし、当然、学生だったから、それもしょうがないと思ってたんで、できる限り人の助けを借りる方法を取ろうとしてやってたんで。僕は、そのやり方しか知らないんです。だから、コラボレーションが得意というよりは、それじゃないとできない。
Sean: 今日本で、ものすごく面白い研究をされている方が多くて、日本らしい研究もあって、すごいいいものをたくさん作られている方に対して、メッセージを送るなら、もっとコラボレーションしようよっていうものになりますか?
武部: いや、研究のスタイルによると思いますよ。 僕は、比較的若い段階から研究室を運営するようになって。
例えば自分の研究室の山中先生と同じやり方で戦った時に、山中先生と戦えるかといったら、同じ領域では絶対無理じゃないですか。
なんで同じように、いろんな領域の専門の方でも、エスタブリッシュされている研究室の方のように、レガシーからの延長でやるタイプの研究は、自分がやっても勝てないと。そうすると領域としてはまだかなり未開拓の領域とか、誰もやっていない領域とかでは、新しい価値を作るっていうタイプの研究にしない限り、自分の存在価値自体が、そんなにうまく発揮できないかなと思ったので。
自分のスタイルとしてはもう全然違う領域に行く。ただし、それが不可能ではない。 例えば、コラボレーションを駆使すれば実現できるかもしれない、みたいな領域を常にホップして、その中でこう大きくなりそうなものが出てきたら、 それをレガシーの研究として大きくしていくみたいな作業は、縦軸というか、広げてはいこうとはしてるんですけど、最初のトリガーの見つけ方に関しては、結構外に出て行って、コラボレーションで解決するっていうのを、僕はまあ、趣味としてやっていますかね。
言語とコラボレーション、そしてAIがもたらす影響
Sean: なるほど、ありがとうございます。 先ほどこう日本人がもっとコラボレーションができるようになるといいなとかいう話の中で、ひとつ、言語の壁があるっていう話があったかなと思うんですけど、最近、生成AIとかによって結構いろいろ楽になってる気がするんですけど、皆さんどれぐらい使われてるのかと。
武部: いやもう、99%使ってますよね。ほとんどの人がすごい使ってるし、ってか最近学生の論文書くスピード、めっちゃ速いんですよね(笑)。「使ったの?」って聞くと、「うーなんとか、かんとか〜・・・」って言うんだけど、100%使ってるじゃん!みたいな。やたらハイフンみたいなのが入っていたりするじゃないですか。あと、キャピタライズされたサブタイトルっぽいやつとか? だれが見ても分かるみたいな感じで使われてますし、プロの研究者でも投稿される論文とかでも、「あ、これ使ってるな」みたいなのすっごい増えてますよね。 で、これ、僕は日本に対してはちょっと懸念があります。
Sean: 使いすぎ?
武部: 使いすぎ。というかね、結局、標準化された平均的な考えっていうのが、入ってきちゃうことっていうのは、日本の良さを完全に潰していると僕は思ってるんです。
例えば学会。海外の学会とかってもうみんな同じ。常に同じテーマで、一緒のトピックを同じタイトルで、スピーカー集めてやるんですよ。 どの学会行っても、だいたいトピックの分け方とか同じなんですね。 はい、日本の学会だけなんか、腸なんとか学とか、世界なんとか学とか意味不明な、こう謎な感じの翻訳できないよみたいな。 体幹の生物学とかなんか。 聞いたことないようなやつをやるんですよ。
そういうのが日本の良さであり、こうガラパゴス化していると言えればそうなんですけど、多分なんですけど、英語ができなさすぎて、国際学会とかで、そういうそのなんていうんですかね? こう、標準化の波にあんま乗ってないんですよ。だから、学会の運営とか、学会のテーマの組み方とかもなんか普通、絶対海外では起きないことが起きてるんですよ。でも、それがChat GPTとか使ってみんな同じようにやり始めると、ほぼほぼ均質化されてくるから、言語の壁を超えちゃうことによって、日本のミステリアスさとか、日本のこう不思議感とかなんか、そういうその日本のある意味で言うと、普通の世界のトレンドからちょっとずれているような、いい価値観みたいなものが消えないかなーっていうことだけ、ちょっと懸念してますから。
だから例えばなんですけど、学生の言う提案がもうめちゃくちゃつまんなくなっているというか。普通だね、みたいな。Chat GPTに聞いたのかな、みたいな仮説とかね。そういう提案がすっげえ多くて、なるほどあ、この先5年なんか、日本がほぼ海外と変わらなくなっちゃうのかなと思うと、ちょっと寂しいですよね。
Sean: 逆に日本で研究されている方で海外も活躍されていて、日本のユニークなガラパゴスっぽいところとか、ミステリアスさをうまく残している人たちって、どんなやり方でやっているんですかね?結構遮断している人が多いんですか?
武部: うん、もう我関せずって感じなんじゃないかな。すごい小さいチームを持ちながら、別に世界とかどうでもいいわ、どうでもいいわ、みたいな。いい感じで、国交すら絶ってるみたいな。もう鎖国状態みたいな。
まあ、そういう感じの職人気質みたいなタイプの人は、そういう研究をずっとやってるっていうケースが多いですかね。逆にソーシャライズしたりとか、すごいいろんな場に出まくってるとか。だから僕も、そういう意味で言うと、あんまりやりたくないなと思っちゃう派なんですけど、引きこもりたい派なんですけど、そういうのをやってる人っていうのは傾向としてはね、 ちょっと普通のことをやってる。みんなやってるよねみたいなことを、それなりに新しい領域でちょっと早くやってるみたいな。そういう研究になると、もう別にそれはアメリカでやればいいじゃん、ハーバードとかで。って僕は思っちゃうんで、、急になんか萎えてくる。
Sean: なるほどね、面白いですね。ちょっと違うお話。 最近、武部先生が話せる限りで、もちろん大丈夫なんですけど、ミニ肝臓から、多分いろんな研究をコラボレーションして、いろんな方向性にいろんなものが進んでいるかと思うんですけど、最近、何か自分にとってこれがユニークだなミステリアスだなぁとか、これが最先端なんていうようなものは、今どんなことをされているのでしょうか。
武部: そうですね。一番変わってるやつで言うと…。
(後編へ続く)
後編では、武部さんが今もっとも面白いと感じている研究や、研究にかける熱い思いについてさらに深掘りしていきます。ぜひ後編もチェックしてみてください!
Stellar Lab Radio、まだ誰も知らない世界を変える研究について。
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