ステラ・サイエンス・ファウンデーション(SS-F)では、若手研究者の成長を多面的に支援する試みとして、『SS-F New Generation Program』を実施しました。SS-F New Generation Programの第1号採択者として、約2年間にわたりこのプログラムに参加したのが、東北大学歯学研究科助教の佐々木晴香さんです。
喘息とうま味受容体の関係というユニークなテーマに取り組む佐々木さんが、SS-Fからの支援を通じてどのような変化を感じたのか、2年間の取り組みを振り返って語っていただきました。
高校時代から繋がる研究の原点
SS-F:
佐々木さんが研究者を目指したきっかけについて、改めて教えていただけますか?
佐々木さん:
高校時代、授業の一環で植物の再生について調べたことが、研究に興味をもつきっかけでした。植物は根を切っても再生し、人間も怪我をすれば皮膚などは自然に治癒するのに、歯は再生せず、欠けてしまったら詰め物をするしかありません。その不思議さに惹かれ、「なぜ歯は再生しないのか?」という疑問が生まれました。ちょうどその頃、ノーベル賞でiPS細胞が話題になっていたこともあり、再生医療に強い関心を抱き、東北大学の歯学部へと進学しました。
SS-F:
そこから現在の喘息研究に至ったのは、どのような経緯があったのでしょう?
佐々木さん:
歯学部の臨床実習で、全身麻酔を受けた患者さんが突然喘息の重い発作を起こし、命の危険に直面する場面に遭遇したんです。自分自身も喘息を持っていて、呼吸が苦しくなる恐怖は知っていましたが、「喘息が命に関わる」とその時初めて認識しました。それがきっかけで、再生医療から呼吸器の研究に大きく舵を切りました。
「うま味受容体」と喘息:意外な関連性
SS-F:
現在取り組まれている研究の具体的な内容を教えていただけますか?
佐々木さん:
喘息発作の主要因のひとつは、気道にある気管平滑筋が収縮してしまうことです。私が今取り組んでいるのは、この平滑筋の収縮に「うま味受容体」がどう関与しているのかを解明する研究です。具体的には、マウスの気管平滑筋にグルタミン酸(うま味受容体の作動薬)を投与し、筋肉の収縮力の変化を測定したり、細胞内のカルシウムやcAMPといったシグナルの変化を観察したりしています。
SS-F:
グルタミン酸というと、料理で使う「うま味成分」のイメージがありますが、それと関係あるのでしょうか?
佐々木さん:
はい、実は同じ物質です。しかし、食品に含まれるグルタミン酸は、体内で主に小腸上皮細胞の栄養として消費されるために血中濃度が上昇することはなく、直接喘息に影響することはありません。私が研究しているのは、体の炎症反応で局所的に上昇するグルタミン酸です。喘息は慢性炎症性疾患なので、気道の局所でこの物質が増え、うま味受容体に影響を与えている可能性があると考えています。
「命を守る」研究、その長い道のりと原動力
SS-F:
研究の意義はどんなところにあると考えていますか?
佐々木さん:
喘息は世界中で年間約47万人の命を奪っており、特に重症患者では既存の治療薬が効かないケースもあります。私の研究が、まだ知られていない喘息の増悪因子を明らかにすることで、より効果的な薬の開発につなげられたらと願っています。最終的には、喘息で命を落とす方をゼロにすることが目標です。
SS-F:
研究を通じて最終的には薬を作ることにも繋げていきたいということですが、現在、創薬関連の企業などと共同研究をされたりしていますか?
佐々木さん:
それができたら本当に良いと思います。ただ、創薬ってものすごくお金もかかるんです。今の私たちの研究は、その薬になる候補物質を見つける段階の、さらに前の「基礎研究」の段階にあります。つまり、創薬に繋がるための土台づくりの段階ですね。
SS-F:
基礎研究から実際の薬の開発まで、一般的にはどれくらいの時間がかかるのでしょうか?
佐々木さん:
私自身はまだそのフェーズに進んだ経験がないので、正確には分からないのですが、一般的には十数年はかかると言われています。かなりの長期戦ですが、それでも一歩ずつ進めていきたいです。
SS-F:
まさに「長距離走」のような取り組みですね。そんな長い道のりの中で、佐々木さん自身が日々の研究を続けるためのモチベーションや支えとなっていることは何ですか?
佐々木さん:
実験を続けていると、小さな発見が日々あるんですよ。「あれ、こういうことなのかも?」という気づきが積み重なっていく瞬間がすごく面白くて、楽しいんです。「じゃあ、こうしたらどうなるんだろう?」と次々試したくなる。その「楽しさ」自体が、私にとっては研究を続ける大きな原動力になっていますね。
孤独を感じていた研究環境と、SS-Fとの出会い
SS-F:
そもそも、佐々木さんがSS-FのNew Generation Programに応募されたきっかけはどのようなものだったのですか?
佐々木さん:
大学院の最終年、周囲に基礎研究に進む仲間がほとんどいなくて、将来への不安を感じていました。そんな時、分子生物学会に初めて参加し、「第一線の先生と若手が話せる座談会」に参加したんです。そこに武部先生がゲストとしていらっしゃって、その場でSS-Fの説明会が翌日あると聞き、参加しました。話を聞いた瞬間に「これは絶対に応募したい」と思いました。
SS-F:
特にどんなところに魅力やチャンスを感じましたか?
佐々木さん:
各分野のトップクラスの先生方と直接話せる機会というのは普段なかなかありません。普通なら学会で講演を聞いた後、緊張しながら名刺を持って一言だけご挨拶するのが精一杯なんですよね。でも、SS-Fの場だとそういった先生方のコミュニティの中に入り、もっと密に交流できる可能性があると感じました。

SS-Fのインベンター研究者たちの前で研究内容をプレゼンし、フィードバックを受ける佐々木さん
異分野交流で広がった研究の可能性
SS-F:
実際にSS-Fでの交流で印象的だったことはありますか?
佐々木さん:
GALAやリトリートで、分野の異なる先生方が出会い、その場で共同研究の話が進んでいくのを目の当たりにしたことがとても印象に残っています。普段は学会ぐらいでしか他の研究に触れる機会がないので、あのスピード感と濃密な交流には驚きましたし、自分もいつか、そんな話ができる研究者になりたいと思いました。
SS-F:
研究者の方々が普段、他の先生の研究内容に触れる機会というのは、やはり学会がメインなのでしょうか。
佐々木さん:
そうですね。私自身、これまで他の大学や異分野の先生方と気軽に集まって交流するような機会は一度も経験がありませんでした。自分の興味があるセミナーや研究会に自主的に参加することもありますが、それもやはり自分が知っている範囲内でしか情報を見つけられません。そういう意味でも、SS-Fのように分野を超えた先生方と交流できる仕組みは、研究者にとって非常に貴重だと思います。

リトリートやGALAは、異分野の研究者たちと繋がり交流を深める機会に。
SS-F:
New Generation Programでは、トップジャーナルの元エディターであるスピロスさんによる論文添削を受けていただきましたが、どんな気づきがありましたか?
佐々木さん:
これまで論文を書く際、研究室内や自分の周囲でだけ通じるような「ローカル・ルール」に無意識に従っていたことに気づきました。しかし、スピロスさんの添削を受けると、それらが見事に覆されていったんです。「この部分は不要」「ここはもっと明確に」という指摘がすべて的確で、添削後の文章を見て「これが本来の論文の書き方だったんだ」と初めて理解できました。スピロスさんのようなトップジャーナルで長年編集者を務められた方から直接指導していただける機会はとても貴重だったと思います。
SS-F:
具体的には、どのように論文の書き方が変わったのですか?
佐々木さん:
私の研究室ではこれまで専門誌に論文を出すことが多く、非常に専門的で狭い範囲の人にしか伝わらないような書き方になりがちでした。しかし、今回スピロスさんのアドバイスを受けて、研究内容をもっとシンプルに、より幅広い読者にわかりやすく伝えることの大切さを実感しました。今後はNature Communicationsなど、より一般的な科学ジャーナルに挑戦していきたいと思っています。
目指すのは「パイオニア的な研究者」
SS-F:
佐々木さんがこれから目指す研究者像を教えてください。
佐々木さん:
まずは5年以内に海外留学を実現して、自分の研究の土台を広げたいです。そして将来は、SS-Fコミュニティにいる研究者のみなさんのように、自分自身が研究分野をリードする立場になりたいと思っています。「この分野の発展を牽引してきました」と自信を持って言える研究者になるのが私の目標です。
SS-Fより(まとめ)
今回のインタビューを通じて印象的だったのは、「研究者としての道を模索していた時に、SS-Fを通じて初めて多様なつながりを得られた」という佐々木さんの言葉でした。
専門が異なる研究者との対話、研究に対する率直なフィードバック、そして将来像を描くためのヒント。そうした要素が、若手研究者にとってどれほど大きな意味を持つのかを、私たち自身もあらためて考えさせられました。
SS-Fでは引き続き、研究内容にとどまらず、「人」としての研究者の可能性に向き合いながら、多様なかたちで、若い研究者の支援を継続してまいります。