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 STELLAR SCIENCE FOUNDATION(SS-F)主催のイベント「Pioneers Host Pioneers」が、2024年6月21日に六本木ヒルズ森タワーにあるインキュベーション施設「CIRCLE by ANRI」にて開催されました。

 本イベントは、SS-Fのコミュニティメンバーが招くさまざまな専門分野の第一線で活動するゲスト(研究者)とのコミュニケーションを通じて、参加者の日々の研究活動に新たな視点を提供しようというものです。初回となる今回は、オンラインでも配信するハイブリッド形式で実施され、会場とオンラインを合わせ300人を超える方々の参加がありました。

 本イベント「Pioneers Host Pioneers」は、そのタイトルが示す通り、ゲストだけでなくモデレーターも第一線で活躍する研究者がつとめるというスタイルで行われます。

 今回のモデレーターは、東京大学先端科学技術研究センター教授の西増 弘志先生です。西増先生は、SS-Fが国内外からの卓越した研究員を誘致するための資金援助を行う「SS-Fインベンター・ブリッジ・プログラム」の第一号に選出された研究室を率いておられます。

 そして、今回のゲストスピーカーは、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授で、ハワード・ヒューズ医学研究所の研究員でもあるFeng Zhang(フェン・チャン)先生です。

 Feng Zhang先生は、現在の生命科学において重要な技術であるゲノム編集技術(CRISPR-Cas9)を開発した世界的にも大変著名な分子生物学者です。

 通常、Feng Zhang先生のようなトップクラスの研究者が、オーディエンスと対話できるような小規模のイベントに参加されることは非常に珍しいのですが、今回は、共同研究者として長年築いてきた西増先生との信頼関係があったからこそFeng先生の講演が実現したものでした。

 本イベントは、ゲストによる講演セミナーと、ファシリテーターを交えた対話型セッション「Fireside Chat」の2パートで構成されます。

 まずはじめに、SS-F共同創業者の北 真理子からの挨拶と、モデレーターの西増先生によるFeng Zhang先生の紹介に続いて、セミナー「Exploration of Biological Diversity(生物多様性の探究)」が始まりました。


遺伝医療は宇宙を目指すロケット?

 冒頭、スクリーンに映し出されたのは宇宙を目指すロケットのイラストでした。Feng Zhang先生は、このロケットと遺伝医療には共通点があると話しはじめます。「遺伝医療は、宇宙を目指すロケットのようなモジュラーシステムに例えることができます。一つは人工衛星のような様々な役割を果たすための“ペイロード(貨物)”、そしてもう一つがロケット本体のように狙った場所へと貨物を送り届けるための“輸送手段”です」。

 遺伝医療の場合、目的地で仕事をするためのペイロードについてはすでに使用可能な段階まで技術開発が進んでいます。しかしながら、狙った細胞へとペイロードを送り届けるための輸送手段については、まだ遅れが見られる状態だと言います。この点に着目して、セミナーではFeng Zhang先生が取り組む3つのプロジェクトについて紹介がありました。

 まず、ヒトのカプシド形成タンパク質を使って細胞に物質を届ける方法、次に原核生物が持つシステムを用いた細胞への物質輸送について、そして最後にプログラム可能な新しいRNA誘導システムについてです。

 「自然界には探索すべき価値ある情報がたくさんあります。微生物が持っている、我々が理解できるゲノム情報は指数関数的に増加し続けています。生物学的にはその全てが大変興味深いものですし、中には医学的にとても有用なものも含まれているでしょう。自然界には、私たちが直面する課題を解決するためのツールがすでに発明されている可能性が高い。だからこそ自然界を探究し、そこからインスピレーションを得ることを強くお勧めしたいのです」と話し、Feng Zhang先生は1時間のセミナーを締めくくりました。

 セミナーに続いて行われたのが、「Fireside Chat」です。これは、まるで暖炉や焚き火を囲んでいるかのようなゆったり落ち着いた雰囲気の中で、ホスト・ゲストと共に対話を進めるセッションです。今回は、SS-Fストラテジック・デザイナーのSean McKelvey(ショーン・マッケルビー)がファシリテーターとして、ホストの西増先生とゲストのFeng Zhang先生からさまざまな話を引き出しました。


研究者になるきっかけとなった「ジュラシック・パーク」

 まず最初の話題は、今の研究分野を志すようになった理由についてでした。ファシリテーターのSeanから発される素朴な質問に、Feng Zhang先生は「暗記しないといけないものが多かったので、実は生物学が好きではなかったんですよ。」と、柔らかい笑顔で話はじめます。元々コンピューターオタクだったという先生の価値観を変えたのが、一本の映画との出会いでした。「分子生物学の授業を受けたときの話です。担当の先生はDNAやRNA、タンパク質などについて最新の話をしてくれただけでなく、映画『ジュラシック・パーク』も見せてくれました。そこで分子生物学のリアルな話と映画の世界が結びついたことが、興味を持つきっかけとなったんです」。

 まるで生物がエンジニアリング可能なシステムのように感じられ、好きだったコンピューターサイエンスと同じであるように見えたことから、生物学の世界に興味を持つようになったといいます。しかし、元々好きだったコンピューターサイエンスの道を選ぶこともできたはずですが、Feng Zhang先生は生物学の道を選んでいます。この理由については、「だって、現実に存在するものを作ることができますから。マンゴーって美味しいですけど、大きな種がありますよね。種無しスイカがあるなら、種無しマンゴーだって作れるはず……、そういうことです」と笑います。


Feng Zhang流のマネジメント哲学

 和やかな空気感の中で、ホストとゲスト互いの相性について、これまでに経験した失敗について、研究にも大きく影響するAIとの関わり方についてなど、話題が移り変わります。中でも一番の盛り上がりを見せたのは、「マネジメント」についてでした。きっかけとなったのは会場の参加者から出た「複数のプロジェクトをどうやって管理されているのでしょうか?」という質問でした。この質問に対して、Feng Zhang先生は開口一番「マネジメント(管理)をするのではなく、サポートをするのが私の役割です」と話します。

 重要なのはそれぞれの研究に対し、集中して課題解決を目指せる環境や文化を作ることだといいます。「そのために才能ある人を採用し、みんなが自由に研究できるようサポートするのです。マネジメントしようとすればスピードが落ちてしまいます。助けが必要な時に背中を押す立場だと考えています」。この考えは学んだのではなく、日々の運用の中で気づいたもののようです。「マイクロマネジメントは、クリエイティブなプロセスに合いません。時には努力も大事ですし、クレイジーな環境が必要な時もある。もちろん私から全体的な方向性を示すこともありますが、まずはそれぞれが当事者意識を持ってインスピレーションを感じ、自分で研究できるようにするのが大事だと思うのです」。

 作り上げた研究環境や文化は、研究における生産性の高さにも影響を与えます。サイエンスを進めるのは継続的なプロセスであり、だからこそ、関わる人とは積極的にコミュニケーションをとることを心がけていると話します。「短い時間だとしても、研究室をうろうろして頻繁に会話します。そこで近況や課題を共有して、常に繋がる感覚を持つようにしているのです」。こうした日々のコミュニケーションで磨いてきた感覚は、人を採用する際にも大事になるのかもしれません。いい人材を採用するにはどうすれば良いかという会場からでた質問に対し、Feng Zhang先生は「1つは、その人の過去の生産性を見ることです。これまでが生産的であれば将来もそうである可能性が高い。

 次に、その人と“いい化学反応”があるかどうかです。同じ価値観を共有でき、同じようなエネルギーレベルを持っているかどうかは、目の前の課題を解決に向けて前に進める共通の欲求を持つかどうかの確認となります。最後に、その人と互いに理解し合えるかどうかです。私はいろいろな提案やアイデアを書いてもらうようにしていますが、その提案が理解できない場合は互いにコミュニケーションがうまくいかない可能性があります」と答えていました。


もしもひとつ願いが叶うとしたら?

 Fireside Chatが進むにつれイベント開始前の緊張感はいつの間にかなくなり、ファシリテーターだけでなく会場の参加者からも積極的に次々と質問が出るようになりました。そして予定されていた時間も終わりを迎える間際、最後にとても面白い質問が出てきました。その質問が「ただ1つ、魔法の力で願い事が叶うとしたら、何を願いますか?」というもの。

 これにFeng Zhang先生はとても悩ましい表情を見せながら、「私が願うこととは、より多くの才能あふれる人材が欲しいというものです」と答えます。頭の良い人は世の中に多くいれども、サイエンスの世界にみんなが来るとは限りません。だからこそ、サイエンスに対する情熱を持ち、中でも特定の課題に取り組みたいという強い熱意と解決に向けた思考力を持ち、そして結果を出すことができる人材がもっと必要だという先生の話に続けて、ホストの西増先生も「若い人にはサイエンスに関心を持つだけでなく、もっとこの世界に足を踏み入れて欲しい。そのためにも科学者は、才能ある人たちにとってサイエンスが魅力的なものと感じてもらえるようにつとめることが大切ですね」と話していました。

 時間が許せばまだまだ質問が出てきそうな雰囲気の中、終了時刻の訪れとともに本イベントはお開きとなりました。しかし、Fireside Chatが作り出す打ち解けた雰囲気がそうさせたのか、会場内では撤収の時間ギリギリになるまで、参加者同士のコミュニケーションがあちこちで花咲いたのでした。

左から、西増 弘志先生、Feng Zhang先生、Sean McKelvey


【取材・文:本田 隆行】