Stellar Science Foundation(以下、SS-F)の創設者である武部貴則は、動物の消化管を使った換気メカニズムの研究で、2024年のイグ・ノーベル賞を受賞しました。この研究は、従来の枠を超えた発想から生まれた「腸呼吸」の可能性を探求するもので、呼吸不全の新しい治療法として大きな注目を集めています。今回の受賞を通じて、SS-Fが重視する「発見や発明を生む自由な発想」の意義を改めて考える機会となりました。
Q1:イグ・ノーベル賞とは、武部さんにとってどんな賞でしょうか?
「イグ・ノーベル賞は、”First make people laugh, and then make them think(まず笑わせ、そして考えさせる研究)”をテーマに、ユニークで奇抜な研究に贈られる賞です。1991年に創設され、すでに30年以上の歴史があるので、研究者でなくても耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。受賞研究には、くすっと笑えるものが多いのですが、実はその裏に深い科学的な洞察があったり、社会や科学に新しい視点をもたらしたりすることもあります。私にとっても、この賞は新しい発見や発想の大切さを改めて感じさせてくれるもので、本当に光栄に思います。」
Q2:「 腸呼吸」という斬新なアイデアのきっかけは何だったのでしょうか?
「腸呼吸」は、その名のとおり、腸から全身に酸素を送り込むアプローチで、正式には「腸換気(Enteral Ventilation : EVA)法」という名称をつけています。このアプローチの発見のきっかけとなったのは、ドジョウでした。ドジョウは水中ではエラ呼吸をしますが、酸素が少ない泥の中では腸から酸素を取り込む“腸呼吸”を行います。その後、たくさんの論文を調べてみると、他にも消化管の様々な部位酸素を取り込む生物がいること、さらに、それらのうち哺乳類でも実現できる可能性を感じさせる知見が集積しており、人間でも腸を介して酸素を取り込めるのではないかと考えたんです。その後、マウスやブタなどでも効果を検証していきました。」
Q3: この研究は、SS-Fの理念とどのように結びついていますか?
「SS-Fは、既存の枠にとらわれない自由な発想を大切にしています。そのため、私たちは、研究者が斬新なアイデアに挑戦し続けることのできる環境を提供したいと考えています。今回の腸呼吸の研究も、「呼吸は肺で行うもの」という常識にとらわれず、新たな視点から探求した結果でした。しかし、実現までの道程は必ずしも平易ではなく、研究費なども全くない中、細々ながらも持続的に挑戦を継続したことで、単なるアイデアが少しずつ現実味を帯びてきました。さらに偶然にも、コロナ禍に直面し、一気に腸換気法の社会的ニーズが高まった結果、研究費や共同研究者に恵まれ、変曲点とも言える局面を迎えたのは、ほんの数年前のことでした。独創的な発想だけでなく、持続する挑戦を応援し、セレンディピティともいえるきっかけを逃さず捉えることで、科学が社会の未来に新しい希望を切り開く可能性を持っていると信じています。」
Q4: 今後、SS-Fではどのような環境づくりを推進していく予定ですか?
「SS-Fでは、異分野の研究者同士が交流し、アイデアを育む場を提供しています。ちょうど先月(8月)にもリトリートを開催し、さまざまな分野の研究者や企業人が集まって、活発な意見交換が行われました。こうした交流から、新しい視点やアイデアが生まれ、それがやがて大きな発見や進展につながると信じています。今後も、研究者たちが好奇心を持って挑戦できる環境をさらに強化すべく活動していますので、今後の動きにぜひご注目ください。」