研究者の本音は、意外と面白い。
「査読者、わかってないなぁ」
「生データ、どこに行ったっけ?」
「カフェに居座って科研費申請!」
2024年12月3日。この夜、約50名の研究者や、SS-Fの活動を支援する企業の担当者など、多様なバックグラウンドを持つ人々が麻布台ヒルズ森JPタワーのSky Roomに集まり、趣向を凝らした交流会に参加していた。
会場に響き渡る研究者たちの笑い声。
普段は真剣な表情で実験や研究に打ち込む彼らも、この日ばかりはやわらかな表情を浮かべ、研究室の日常について語り合っていた。その中で、時に切実で、時に愉快な研究生活の断片が、カルタとなって次々と生み出されていく。
設立から3周年を迎えたSTELLAR SCIENCE FOUNDATION(以下、SS-F)が仕掛けたこの取り組みは、研究者たちの距離をこれまでにない形で縮めることになった。
3年間で着実に成長、People-Centricな研究支援の実現へ

SS-F ストラテジックデザイナーのSean McKelvey (ショーン・マッケルビー)
「私たちのユニークネスは、このコミュニティそのものにあると考えています」
開会の挨拶に立ったSS-F ストラテジックデザイナーのSean McKelvey (ショーン・マッケルビー)は、SS-Fの3年間の歩みを振り返りながら、静かな確信を込めてそう語った。「人から生まれ、人とつながり、人で広がる。」—―SS-FのPeople-Centricな理念は、すでに具体的な成果となって表れ始めている。
海外の傑出した若手研究者を招聘する「SS-Fインベンター・ブリッジ・プログラム」からは、『ネイチャー・コミュニケーションズ』への論文掲載やJSPS助成金の獲得という成果が生まれた。(当プログラムに関する活動報告はこちら)MITやハーバード大学の研究者を招いた「Pioneers Host Pioneers(以下PHP)」というイベントでは、研究者同士の直接的な対話から、新たな共同研究の種を生み出している(PHP第1回目の記事はこちら、第2回目の記事はこちら)。
さらに、2024年12月18日には、チャン・ザッカーバーグ・バイオハブ・ネットワーク との連携による日米間のポストドクター交換留学制度も発表した。SS-Fの掲げる「想像を超えた発見・発明を加速度的かつ持続的に生み出す科学研究エコシステムをつくり、科学の力をグローバルに前進させる」という壮大なビジョンは、着実に実現へと歩みを進めている。
コミュニティの結束力を高める「研究あるあるカルタ」を制作
そんなSS-Fが主催した、多彩な分野の研究者とサポーター企業が集う交流会『SS-F GALA 2024』。創立以来、コミュニティの会員や協賛企業への感謝の意を込めて開催されているこのイベントは、今年で3回目を迎える。
GALAでは毎回、参加者同士のより深い対話を促すため、「コミュニケーション企画」が実施される。今回SS-Fが企画したのは、「研究あるある」をテーマとしたカルタづくり。
研究者なら共感できる日常の経験やエピソード、悩み、ぼやきなどを、テーブルごとにユーモアを交えてカルタの読み札の形で表現していくという企画だ。単なる交流を超えて、コミュニティの中で体験を共有し、新たな解決のアイデアを生み出すきっかけにもなりうる。SS-Fとしては、今回製作したカルタを、研究室のオンボーディングにも使えるコミュニケーションツールとして発展させていきたいという。
5~6人ずつ9テーブルに分かれた参加者たち。各テーブルに担当のひらがなの「行」が割り振られ、約40分でカルタを完成させるという挑戦が始まった。
共感と笑いが渦巻く、本音の時間
まずは個人で付箋にアイデアを書き連ね、それをグループで集約し、1枚の読み札へと仕上げていく。
「大量の査読、やってもやっても終わらない」
「好きな実験ばかりしてしまう」
「なかなか出てこないポジティブなデータ」
次々と飛び出す研究者たちの「あるあるネタ」に、各テーブルから笑いが起こる。普段は口にしづらい悩みも、カルタという形を借りることで自然と共有されている。今回の参加者には、企業のビジネスサイドでマネジメントに携わる人なども含まれていたが、「研究あるあるネタ」はビジネスシーンでも共感できる悩みが多かったようだ。そのため、活発な意見交換が行われ、「いいね!」という声とともに笑顔がこぼれた。
51文字に込められた研究者の日常
完成したカルタの発表時間。日本語のひらがな46文字と、海外からの参加者向けに設定された「ABCDE」の5文字を含む51文字のカルタには、研究者たちの喜怒哀楽が詰まっていた。
「カフェに居座り科研費申請」「休日のほうが意外と研究はかどります」といった研究スタイルの“あるある”ネタ。「桁違いの予算が降ってきたらいつか買いたいあの装置」といった夢も語られた。「せっかくうまくいったのに」「査読者わかってないなあ」「うそではないけど、本当でもないプレスリリース」といった嘆きには、会場から大きな共感の声が上がった。
「寿司が大事」と書かれたカルタでは、「もともと所属していた研究室で、研究室見学の際に学生に寿司を出したら優秀な学生が来てくれた」という、クスッと笑えるエピソードも紹介された。「持つべきは嫌味なボスよりチャットGPT」という読み札の発表では、参加者から思わず笑いがこぼれる。「ロットを間違えて発注」「生データ、どこに行ったか分からない」など、研究者なら一度は経験したことがある“ちょっとした失敗”を描いたカルタも次々と披露され、会場は終始笑いに包まれた。
多様な視点が交差する場所で
カルタづくりが終わった後、参加者に今回のGALAについて感想を聞いてみた。
「研究者の方々のモチベーションの高さが印象的でした」
「全く異なる分野の方々と、垣根を感じずに対話できました」
「コミュニティのクオリティの高さに驚きました」
参加者たちの声からは、この場ならではの発見が聞こえてくる。
また、横のつながりが広がることへの期待の声も。「(研究者同士で)何かあったときに声をかけ合える関係性ができれば」という声や、「研究室で行うコミュニケーションの参考にもなる」という実践的な気づきも聞かれた。
印象的だったのは、「(SS-Fに)定期的に新しいメンバーが加わることで、場が活性化している」という指摘だ。SS-Fが大切にする”People-Centric”な場づくりが、確実に実を結んでいることが感じられた。
繋がりが生む、新たな可能性
「領域を超えて人が集まっている場は、毎回大きな刺激を受けることができます」
最後に挨拶に立った武部氏は、ニューヨークやケンブリッジからの参加者にも触れながら、「出会う瞬間を大事にしてほしい。繋がりに感謝をしたい」という言葉を交え、SS-Fが育んできたコミュニティの広がりを強調した。

SS-F創業者 / 代表理事の武部貴則
この夜作られたカルタには、研究者たちの日常が、時に笑いを伴いながら、時に切実な思いとともに込められていた。それは単なる「あるある」以上に、研究者同士が互いを理解し、支え合うためのコミュニケーションツールとなっていたように思う。
研究者一人一人に焦点を当て、その可能性を引き出すSS-Fの取り組みは、日本の科学研究の未来を確実に照らし始めている。
【取材・文: 市岡 光子、写真: 関口 佳代】